教育心理学
教職課程 発達と学習
教育心理学
教職課程 発達と学習
- 教科書はないが,図書館で適宜参考書を読んで,内容の理解に努めること。
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- 一定程度の出席数に満たない学生(欠席4回以上)の最終課題の提出,または最終試験の受験は認めない。
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1 教育心理学とは
1.1 教師の仕事における教育心理学の位置づけ
4段階教授法(明瞭・連合・系統・方法)や「教授のない教育というものの存在は求められないし,また教育のない教授も認められない」というフレーズで著名な Herbart は,1806年に著した Allgemeine Pädagogik aus dem Zweck der Erziehung abgeleitet1 で,「科学2としての教育学は,実践哲学と心理学を拠り所にする。前者は陶冶3の目的を示し,後者はその過程4,方法5,難しさ6を示す。」と述べているようである。もっとも,現在の心理学は Wundt が興した実験心理学から発展したものであること,心理学の起こりは Wundt が1875年にライプツィヒ大学に着任し心理学実験室を設け,1879年に大学の講義科目として心理学演習が設置されたあたりとされていることからも, Herbart の言う「心理学」と現在の「心理学」や,実験心理学からの流れを引き継ぐ教育心理学とは別物である7。
Herbart の「教育の方法を心理学に」という主張に見られる心理学とは,表象力学と言われるものであり,人の中に形成される表象は,表象どうしが互いに結びついたり打ち消しあったりするという動的な過程を経て体系として形成されるという考え方である。そして,学習とは新しい表象が既存の表象と結びつくことで成立するものであると考えた。このような考え方は,実験心理学の影響を受けて発展した行動主義的な学習研究とは深い関係は見られないものの,現在の認知主義的な学習研究の考え方に近いと考えられる。
上記の内容から導かれるのは,教育哲学(教育原理8)と教育心理学は,教授が必ずともなう学校教育を構想し実践するために不可欠であり,教職科目の基幹科目であるということである。そして,教師の仕事の大半は教科指導であるが,その中で教師は生徒に,「学識で圧倒し,分からせることで振り向かせる」ことをし続けなければならない。この「分かる」仕組みや,その過程に対する働きかけ方を,実証的に記述し理論化するのが教育心理学である。
1.2 教育心理学の枠組み
教育心理学はおおむね,以下に示す2つのモデルを参照し,それぞれのモデルにおける変数を考慮し,また調整しながら学習成果を高めるメカニズムを明らかにしようとする研究領域と言える。
1.2.1 学習率(Carroll, 1963)
学習率は学習に必要な時間に対して実際に学習に費やした時間によって高低が生じるというモデルである。
\(Degree\ of\ learning = f(\frac{time\ actually\ spent}{time\ needed})\)
一般的には,学習に費やす時間を増やせば学習は成立しやすい(学習率が上がる)と考えられがちである。そのため,多くの学校では学習時間を増やそうとして,授業時数や持ち帰り学習の時間を多くするという手立てがとられることが多い。しかし,単に学習時間を増やせば学習成果が高まるのではなく,実質的な学習時間,すなわち,知識の付加と再構成につながる処理が行われる時間が確保されなければ,学習成果にはつながらない。課題従事行動9をうながしたり,浅い処理ではなく深い処理をうながしたりといったことが必要である。このようなことをうながす具体的な手立てを構想し実践するための理論的背景を,教師は知っていなければならない。
また,学校での学習では,限られた時間の中で多くのことを学ぶことが求められる。そのため,学習時間を増やそうとしても限界がある。そのため,このモデルの分母である「学習に必要な時間」を減じることで学習率を高める策をとる必要がある。そのためには新情報を与える際の提示の仕方や,認知負荷を軽減するための手立ての取り方といった教授方略を教師が用いるとともに,学習者自身が効率的に学習を進めるための学習方略を利用できるようにする必要がある。このような教授・学習方略が学習者の処理のありようを規定し学習成果につながる機序も教師は理解し,具体的な実践につなげる必要がある。
1.2.2 適性処遇交互作用(Cronbach & Snow, 1977)
適性とは所与の条件下での学習成果を予測しうる学習者の個人差を指し,処遇とは教授法,学習方法,時間などの操作可能な学習条件を指す。そして学習成果が適性と処遇の組み合わせによる効果として現われることを適性処遇交互作用(ATI)という。行動が引き起こされる条件を明らかにするために人為的に条件を設定し,条件と行動との因果関係や主効果を明らかにすることをめざす実験心理学のアプローチと,知能などの個人差要因の高低と学力検査得点の高低といった変数間の相関関係を明らかにすることをめざす相関研究のアプローチを統合したパラダイムである。
個人差によって適合する教授法は異なるにもかかわらず,教授法研究においては,すべての学習者に対して効果的な万能薬的教授法の開発がめざされ,学習成果に影響を与えうる適性は誤差としてしか扱われてこなかった。一方,適性研究においては一定の学習成果に到達するために必要な適性を明らかにすることに主眼がおかれ,処遇に対しては関心が十分に払われてこなかった。これらの研究のアプローチとは異なり,学習成果に影響を及ぼしうる適性と処遇の両方を研究の俎上に載せることで,個に応じた学習指導を検討する際の方針を提供しうる研究をめざすことが,ATIの教育的意義である。
ATIの典型的な例を示すと 図 1 のようになる。横座標が適性Aの高低,縦座標が学習成果\(O\)の高低,2本の直線が処遇(\(T_1\),\(T_2\))ごとの\(O\)のAへの回帰直線,縦座標の曲線が処遇ごとの\(O\)の分布,横座標の曲線が適性Aの分布である。この場合,\(O_1\)より\(O_2\) の方が高いため,処遇の主効果が見られるといえる。また,いずれの直線も右肩上がりであることから,適性の主効果も見られるといえる。しかし,2本の回帰直線の交点を境にして,適性高群においては\(T_1\)の方が,低群においては\(T_2\)の方が\(O\)が高く,適性Aの高低によって処遇Tの効果が異なる。このように回帰直線の交差や非平行性が見られることを交互作用という。
このパラダイムに立つと,学習者の適性に関する情報を取得し,その適性にあわせた指導を行うといった最適化を行うとよいという示唆が導かれがちである。しかし,適性そのものが教育によって変化しうる可変的な特性であり,安定した個人差要因とは言えないという問題がある。このような不安定な個人差要因を前提として最適化を図ることは合理的とは言いがたい。さらに,実際の学習指導は単一の教授法によって行われるものではなく,複数の教授方略と,学習者が用いる学習方略とが組み合わされながら展開されるものである。このような考え方に立つと,重要なのは,様々な指導方略,学習方略が学習成果をもたらす機序と,その機序に与える個人差要因の影響を理解したうえで,これらを複数組み合わせた際にうながされる処理のありようを学術的かつ合理的に組み立てて構想する必要を指摘することができる。
2 学習集団
- 学校での学習の特徴は,教師の指導のもとで他者とかかわりながら学ぶというところにある。生徒どうしの関係が学習行動や学習成果に与える影響などに関する研究論文をとりあげ,ともに学ぶものがいる教室ならではの学習の意義を検討する。
2.1 扱う文献
- Hattie, J. (2009). Visible learning: A synthesis of over 800 meta-analyses relating to achievement. Routledge. 図書館に和訳あり
- Porath, Christine L., Erez, & Amir (2007). Does Rudeness Really Matter?: The Effects of Rudeness on Task Performance and Helpfulness. The Academy of Management Journal, 50 (5), 1181-1197.https://doi.org/10.5465/amj.2007.27169783
- Wentzel, K. R., Jablansky, S., & Scalise, N. R. (2018). Do friendships afford academic benefits? A meta-analytic study. Educational Psychology Review, 30(4), 1241–1267 https://doi.org/10.1007/s10648-018-9447-5
- Wentzel, Kathryn R., Jablansky, Sophie, Scalise, & Nicole R. (2021). Peer Social Acceptance and Academic Achievement: A Meta-Analytic Study. Journal of Educational Psychology, 113 (1), 157-180 https://doi.org/10.1037/edu0000468
2.2 協同学習の効果
教育心理学では一般的に,協同学習の効果は高いことが示されている。Hattie (2009) による複数のメタ分析の結果をメタ分析(メタ‐メタ分析)して求められた平均効果量は \(d=0.41\) であった。
2.3 友人関係と学習成果
友人関係が学業成績や認知能力の向上に影響をするのはなぜか。その背景には,社会的構成主義で強調される他者との相互交渉やピアモデリングによって認知発達た促進されたり,動機づけ理論のひとつである自己決定理論で重要視されている関係性の欲求の充足によって動機づけがより内発的なものとなり深い処理が促されるためと考えられる。
Wentzel et al. (2018) はメタ分析で,友人関係が学習成果や認知能力(科学的推論等)に与える平均的な主効果と,調整変数による効果の違いについて検討した。友人関係が学習成果と認知能力に与える効果は,固定効果モデルで推定した場合 g=0.35 95% CI[0.33, 0.37]であった。調整変数分析は固定効果モデルで行い,以下のような結果が得られた。初等教育段階(g=0.35)と中等教育段階(g=0.35)では違いが見られない。学業成績(g=0.35),認知能力(0.27)のどちらに対しても効果的。また,友人関係の種類による効果の違いを検討したところ,教師が指名したペアとともに学習を進めた場合(g=0.27 95% CI[0.00, 0.53]),仲のよい友人がいる教室で学習を進めた場合(g=0.38 95% CI[0.24, 0.40])であった。友人関係が学習成果等に影響を与える機序は明らかとなっていない部分が多いが,理論的に想定される機序を踏まえたメタ分析による調整変数分析が行われると,さらに明らかになることが期待される。
2.4 Peer acceptance
Wentzel et al. (2021) は,同年代の仲間に好かれ受け入れられている程度(peer social acceptance)と学業成績との関連について,メタ分析の手法を用いた体系的な検討を行った。157の効果量をもたらした72の研究を対象とし,両者の関係に加え動機づけ的要因とエンゲージメントによる媒介効果が検討された。その結果,同年代の仲間に好かれ受け入れられている程度は学業成績と有意かつ正に関連しており,効果量は中程度であることが示された。さらに,学業領域固有の動機づけ的要因とエンゲージメントが,同年代の仲間に好かれ受け入れられている程度と学習成果との関係を部分的に媒介していることも示された。これらの知見は,生徒の学業的達成を支援する上で仲間が重要な役割を果たすことを示唆しており,ピア・アシスト学習(peer-assisted learning)の活動を取り入れた教室指導の有効性を支持するといえる。なお,媒介効果モデルについては,以下の通り。
- 学習観的自己信念(Academic self-beliefs)モデル
- 学習観的自己信念とは,学業的自己概念や学業的自己効力感など,学業という特定領域における自己評価を指す。本モデルでは,同年代の仲間に好かれ受け入れられている生徒ほど自身の学業能力に対して肯定的な信念をもち,それが学業成績の高さにつながるという媒介経路が示された。社会的受容が学業成績に及ぼす影響は,この経路を介して部分的に説明される。
- 自己概念的自己信念(Global self-beliefs)モデル
- 自己概念的自己信念とは,全般的自己価値感や自尊感情のように,特定の領域に限定されない包括的な自己評価を指す。本モデルでは,社会的受容と自己概念的自己信念との関連は認められたものの,自己概念的自己信念から学業成績への有意なパスは確認されなかった。すなわち,漠然とした自己肯定感は,社会的受容と学業成績との関係を媒介しないことが示された。
- 積極的関与(Active engagement)モデル
- 積極的関与とは,学業課題における努力,協同,援助行動,リーダーシップ,参加といった,行動的・能動的な動機づけの表れを指す。本モデルでは,同年代の仲間に好かれ受け入れられている生徒ほど授業や課題に積極的に関与し,その関与が学業成績の高さを予測することが示された。仲間からの受容が,学級内での建設的な行動を促進し,それが学習成果につながる経路が支持された。
- 否定的感情(Negative affect)モデル
- 否定的感情とは,抑うつ,孤独感,引きこもり,心理的苦痛,絶望感などのネガティブな情緒的状態を指す。本モデルでは,同年代の仲間に好かれ受け入れられている生徒ほど否定的感情を経験する程度が低く,否定的感情の低さが学業成績の高さを予測することが示された。仲間からの受容は情緒的な安定をもたらし,それが学習活動を支える基盤となっていることが示唆される。
2.5 無礼行為と課題遂行
職場における rudeness(無礼な行為——他者への配慮を欠いた,あるいは敬意を欠いた振る舞い)は,過去10年の組織研究において重要なテーマとして扱われてきた。これまでの研究では,rudeness が報復行動や反生産的行動,リーダー支援の撤回などに結びつくことが示されてきた。Porath & Erez (2007) は,こうした蓄積にもかかわらず,rudeness の重要な帰結のひとつである 被害者の客観的な課題遂行への影響 が,ほとんど検討されてこなかったと指摘する。既存研究の多くは加害者・被害者の自己報告による態度や精神的健康に焦点を当てたものであり,また aggression が組織市民行動に及ぼす影響を扱った研究も,一回限りの無礼な振る舞いではなく,持続的な abusive supervision を対象としたものが中心であった。
一方で rudeness が課題遂行に強い影響を及ぼさないと考える理由もある。人は情報を自己奉仕的に歪めて処理し,些細なネガティブ事象を割り引いて解釈する傾向があり,また状況に責任帰属することで(例:「締切のストレスのせいだ」)加害者の行動を「説明づけて」しまうことも多い。こうした事情は,研究者や実務家が rudeness のような比較的軽微な攻撃の効果に懐疑的である一因と考えられる。
しかし他方で,rudeness を経験した個人がネガティブ感情を喚起されたり,出来事を頭の中で反芻したり,加害者の行動の正当性を評価したりすることで,課題に向けるべき認知資源が奪われ,結果として遂行が低下する可能性も理論的には十分に想定できる。
そこで本研究は,rudeness が被害者の客観的な課題遂行と援助行動に及ぼす影響を実験的に検証すること,および その関係を媒介しうる心理過程(ネガティブ感情・報復願望・認知過程の干渉)を特定すること を目的とした。具体的には以下の仮説が立てられた。
- 仮説1: 直接的・間接的な rudeness の被害者は,認知的に複雑な課題,創造性課題,柔軟性課題で,rudeness を経験しない者よりも遂行が低下する。
- 仮説2a〜2c: rudeness と課題遂行の関係を,(a) ネガティブ感情,(b) 報復願望,(c) 記憶再生などの認知過程の干渉が媒介する。
- 仮説3: rudeness の被害者は,rudeness を経験しない者よりも,その後の援助行動が減少する。
2.5.1 研究1の方法・結果
98名の大学生を対象に,権威者(実験者本人)による rudeness の影響を検討した。参加者は実験室で性格質問紙(カバーストーリー)に回答した後,遅刻した別の学生(実は共謀者)が現れる場面に遭遇した。Rudeness 条件では,共謀者を退出させた直後に実験者が「この大学の学部生はいったい何なんだ。いつも遅刻してくる,プロ意識がない」といった侮辱的発言を行った。この発言は参加者個人に向けられたものではなく,間接的な rudeness として設計されている。その後,参加者はアナグラム課題(10問・10分)とレンガの使い道を挙げる課題(5分)に取り組んだ。レンガ課題の最中に実験者が鉛筆10本を「うっかり」落とし,参加者がそれを拾うかどうかを援助行動の指標とした。
結果,Rudeness 条件の参加者は統制条件と比較して,アナグラム正答数(5.04→3.78),レンガの使い道のアイディア数(11.82→8.51),創造性評定(2.73→2.11),アイディアの多様性評定(3.85→3.14)のすべてで有意に低い遂行を示した。援助行動も大きく減少し,統制条件では平均7.92本の鉛筆を拾ったのに対し,Rudeness 条件では平均2.07本に留まった(拾った参加者の割合は89.8%→35.5%)。一方,ネガティブ感情の媒介効果は支持されなかった。
2.5.2 研究2の方法・結果
82名の大学生を対象に,rudeness の加害者が実験本体とは無関係な第三者である場合の影響を検討した。参加者は指定された部屋へ向かったが,実験は別室で行われる旨を記した小さな貼り紙を見落とすように設計されており,室内にいた共謀者(「忙しい教授」役)に道を尋ねることになった。Rudeness 条件では,この共謀者が「字も読めないんですか。ドアに『実験は別室』と書いてあるでしょう。私が暇に見えますか。私は受付係じゃない,忙しい教授なんです」と侮辱的に応答した。その後,参加者は別室へ移動し,無害な実験者の下で研究1と同じ認知課題に取り組んだ。援助行動は,課題の最中に実験者が本10冊を落とす場面で測定した。援助対象は rudeness の加害者ではなく,無害な第三者である実験者である点が研究1と異なる。
結果,Rudeness 条件の参加者は統制条件と比較して,アナグラム正答数(5.18→3.21),レンガの使い道のアイディア数(11.00→6.95),創造性評定(2.97→2.26),アイディアの多様性評定(4.51→3.55)のすべてで有意に遂行が低下した。援助行動も劇的に減少し,平均4.08冊→0.62冊(援助した割合は72.5%→23.8%)であった。報復願望は Rudeness 条件で有意に高かったものの,報復願望による媒介効果は統計的に支持されなかった。ネガティブ感情に有意差は認められなかった。
2.5.3 研究3の方法・結果
94名の大学生を対象に,rudeness を「想像するだけ」でも課題遂行が低下するか,またその過程を 記憶再生(対連合課題)の干渉 が媒介するかを検討した。参加者はまず15対の対連合語(例: tall–bone,plan–leaf)を5分間で記憶した。その後,無作為に配布された4種類のシナリオ(Rudeness 場面2種,中性場面2種)のいずれかが「自分に起きたと想像」して10分間で物語を執筆した。続いてアナグラム課題とレンガの使い道課題を行い,最後に対連合語の片方を提示してペアの相手を再生する課題に取り組んだ。本研究では援助行動は測定されていない。
結果,想像上の rudeness を経験した参加者は,統制条件と比較して,アナグラム正答数(5.96→4.47),レンガの使い道のアイディア数(10.49→8.36),創造性評定(3.52→3.01),アイディアの多様性評定(4.07→3.55)のすべてで有意に低い遂行を示した。記憶再生課題の成績も低下し(13.06→11.02),Sobel 検定の結果,記憶再生の低下がアナグラム遂行・レンガ課題のアイディア数・アイディアの多様性に対する rudeness の効果を有意に媒介していた。一方,ネガティブ感情には条件差が認められなかった。
2.5.4 研究1から3のまとめ
3つの実験を通じて,直接的な rudeness,第三者からの rudeness,想像上の rudeness のいずれもが,被害者の課題遂行と援助行動を有意に低下させる ことを示した。効果はアナグラムのような比較的単純な認知課題から,創造性や柔軟性を要する複雑な課題まで一貫して認められ,また rudeness の操作はいずれも比較的穏やかな一回限りの出来事であったにもかかわらず頑健な効果が得られた点が注目に値する。
媒介過程に関しては,ネガティブ感情と報復願望は媒介変数としては支持されず,むしろ 記憶再生に代表される認知過程の干渉が課題遂行低下を媒介する ことが示された。すなわち rudeness は,被害者を意識的に怒らせて報復させるという経路よりも,認知資源を出来事の処理(反芻・再解釈・正当性の評価など)に向けさせることで,課題に振り向けられる認知資源を奪うという経路で遂行を損なう可能性が高い。被害者本人が rudeness の影響を意識していなくても,客観的な遂行は低下しうるのである。
さらに研究2の知見は,rudeness が 加害者と被害者の二者関係の内部に閉じない「波及効果」 をもつことを示唆する。rudeness の加害者ではない無害な第三者に対する援助行動さえも有意に減少しており,これは displaced aggression(置換攻撃)の枠組みで解釈可能である。職場における rudeness は,当事者間の問題に留まらず,組織内の他のメンバーや顧客との関係にも影響を及ぼしうる。
これらの結果は,調査研究中心であった rudeness 研究に客観的行動指標を加えた点で方法論的に貢献するとともに,実務的にも重要な含意をもつ。職場の構成員が「rudeness は問題ない」と報告する場合であっても,また当事者本人が意図的に「仕返し」をしている自覚がない場合であっても,rudeness は遂行と協力行動に実害を及ぼしている可能性がある。
3 社会科の教育心理学
3.1 教授学習心理学の基礎
3.1.1 生成効果
生成効果(generation effect)とは,学習者が自ら能動的に情報を生成した場合の方が,単に読んだだけの場合よりも記憶保持が優れるという現象である。
3.1.2 生成効果の実験例
高橋・梅本 (1990) は,特定領域(交通法規)の文を材料として,高知識者と低知識者を対象に読み条件と生成条件の記憶成績を比較した。その結果,再生においては知識量や文のタイプに関わらず生成効果が認められた一方,偶発学習における再認では高知識者においてのみ生成効果が認められ,生成効果が学習者の特性とテスト形式に依存することを示した。
3.1.3 再現実験
高橋・梅本 (1990) の実験2(意図学習)をもとに,材料を心理学の専門用語の定義文に変更し,集団実験形式で実施する。実験の内容は以下の通り。
- 読み条件では刺激文をそのまま音読させ,生成条件では刺激文を意味単位に分割してランダムに提示し,正しい語順に並び替えて音読させる。両条件を1文ずつ交互に呈示し,2ラウンドの学習を行う。
3.1.3.1 手続き
実験は以下の3つのアプリケーションを用いて実施する。
- 集団実験用スライド:学習フェーズ(読み条件・生成条件を交互に呈示)と手がかり再生テストを自動進行するスライドアプリ。実験者がプロジェクターに映して使用する。読み条件の呈示時間は10秒,生成条件は20秒,手がかり再生テストは3分間。
- 再認テスト:学習した12文に対する4択の多肢選択再認テスト。各項目に「正しい文を選びなさい」という教示を表示し,全問回答後に読み条件・生成条件別の正答率をフィードバックする。回答後に学籍番号を入力して成績を提出する。
- 結果分析アプリ:Google Sheets API を通じてスプレッドシートからデータを取得し,記述統計・対応ありt検定・Cohen’s d・棒グラフ(±1SD エラーバー)・個人別散布図を表示する。データ収集日時による絞り込みも可能。
3.1.3.2 結果と考察
- 生成効果の検討
- 再認テストにおいて,生成条件の正答率が読み条件の正答率よりも高くなるか(生成効果の再現)。
- 対応ありt検定により,読み条件と生成条件の正答率の差が統計的に有意かどうかを検討する。
- 効果量(Cohen’s d)により,実践的な意味での効果の大きさを評価する。
- 高橋・梅本 (1990) との比較
- 高橋・梅本 (1990) の実験2(意図学習)では,逐語再生・意味再生ともに生成条件の方が読み条件よりも成績が高かった。本実験の再認テストでも同様の傾向が見られるか。
- 材料を交通法規から心理学専門用語に変更した場合でも,生成効果は安定して現れるか。
- 実際の教育場面への示唆
- 語句の並び替えという簡易な生成操作が,受動的な音読と比べて再認成績を向上させるならば,授業場面への応用可能性がある。
3.2 国内の社会科学習に関する教育心理学的研究
3.2.1 社会科という教科
社会科とは学習指導要領では「広い視野に立って,社会に対する関心を高め,諸資料に基づいて多面的・多角的に考察し,我が国の国土と歴史に対する理解と愛情を深め,公民としての基礎的教養を培い,国際社会に生きる平和で民主的な国家・社会の形成者として必要な公民的資質の基礎を養う」ことを目標とした教科である。しかし,戦前の地理,国史,修身を廃して新設された当時の社会科は,民主主義社会の担い手の育成のための中心(コア)教科と位置づけられ,問題解決的な学習過程を通して社会生活の中にあるいろいろな種類の相互依存関係を総合的に理解し,科学的総合的な自分の考えを立てながら社会的事象を合理的に判断する能力を育成することを主たる目的とした教科であった。
その後幾度かの変遷を経て,現在の社会科は,地理,歴史,公民といった分野からなる教科となった。しかし,社会的認識の形成が目標であるという点は変わらない。地理学,歴史学,経済学,政治学,法学,倫理学などの社会科学を親学問とし,社会的事象を多面的にとらえ多角的に考察し,価値判断,意志決定,未来予測を行い,問題解決を図ることのできる能力の育成や概念の形成を目指すのが社会科である。したがって,事実的知識の機械的暗記の集積ではなく,構築された知識の再構成が目指す教科であるといえる。
国内で社会科を対象とした教育心理学的研究もまた,一般的に流布している社会科に対するとらえ方を否定し,本来の教科の目的の達成を視野に入れて実施されてきた。すなわち,機械的暗記が断片的知識を生み,断片的知識は誤認識を温存し,誤認識は学習内容の有意味化を妨げ,有意味化の失敗は学習動機を低下させるという循環ではなく,深い処理による知識の再構成が概念的理解と誤認識の修正をもたらし,深い理解が学習者の知的好奇心を高め,さらに能動的に知識を再構成していく,という循環の実現を目指す研究が行われてきた。
3.2.2 演習(グループワーク)
ここでは,国内の代表的研究の論文である 麻柄・進藤 (2004), 麻柄・進藤 (2012), 下司 (2021), 進藤 (2002), 横島 (1976) を取り上げ,解説の作成を通して各々の研究知見を概略的に把握し,これらを総合的に見ながら教育心理学的知見と実践的含意を導く演習を行う。
- 麻柄啓一・進藤聡彦 (2004). 「象徴事例」概念の提案と歴史学習に及ぼす象徴事例の効果の検討 教育心理学研究, 52, 231–240.
- 麻柄啓一・進藤聡彦 (2012). 教材文読解における操作活動が歴史の誤認識修正に及ぼす効果 教授学習心理学研究, 8, 67–76.
- 下司裕樹 (2021). 中学生を対象とした日本史の授業の設計・実施と評価──暗記科目からの脱却を目指して 教授学習心理学研究, 17, 17–34.
- 進藤聡彦 (2002). メタ認知的な学習方略が知識の有意味化に及ぼす影響 教育方法学研究, 28, 95–105.
- 横島 章 (1976). 高校社会科世界史における学習指導法の教育心理学的研究 教育心理学研究, 24, 247–251.
分担と文献はhttps://lab.educpsychol.com/app/pdf/から取り出すこと。