教育心理学
教職課程 発達と学習
教育心理学
教職課程 発達と学習
- 教科書はないが,図書館で適宜参考書を読んで,内容の理解に努めること。
- 全員が揃うことを前提に講義や演習を行うため,遅刻は認めない。
- 9:00に点呼をとる。列車の遅延での遅刻は認めず,欠席とみなす。
- 一定程度の出席数に満たない学生(欠席4回以上)の最終課題の提出,または最終試験の受験は認めない。
この講義でのファイルのやりとりは,研究室のシステムを使います。
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1 教育心理学とは
1.1 教師の仕事における教育心理学の位置づけ
4段階教授法(明瞭・連合・系統・方法)や「教授のない教育というものの存在は求められないし,また教育のない教授も認められない」というフレーズで著名な Herbart は,1806年に著した Allgemeine Pädagogik aus dem Zweck der Erziehung abgeleitet1 で,「科学2としての教育学は,実践哲学と心理学を拠り所にする。前者は陶冶3の目的を示し,後者はその過程4,方法5,難しさ6を示す。」と述べているようである。もっとも,現在の心理学は Wundt が興した実験心理学から発展したものであること,心理学の起こりは Wundt が1875年にライプツィヒ大学に着任し心理学実験室を設け,1879年に大学の講義科目として心理学演習が設置されたあたりとされていることからも, Herbart の言う「心理学」と現在の「心理学」や,実験心理学からの流れを引き継ぐ教育心理学とは別物である7。
Herbart の「教育の方法を心理学に」という主張に見られる心理学とは,表象力学と言われるものであり,人の中に形成される表象は,表象どうしが互いに結びついたり打ち消しあったりするという動的な過程を経て体系として形成されるという考え方である。そして,学習とは新しい表象が既存の表象と結びつくことで成立するものであると考えた。このような考え方は,実験心理学の影響を受けて発展した行動主義的な学習研究とは深い関係は見られないものの,現在の認知主義的な学習研究の考え方に近いと考えられる。
上記の内容から導かれるのは,教育哲学(教育原理8)と教育心理学は,教授が必ずともなう学校教育を構想し実践するために不可欠であり,教職科目の基幹科目であるということである。そして,教師の仕事の大半は教科指導であるが,その中で教師は生徒に,「学識で圧倒し,分からせることで振り向かせる」ことをし続けなければならない。この「分かる」仕組みや,その過程に対する働きかけ方を,実証的に記述し理論化するのが教育心理学である。
1.2 教育心理学の枠組み
教育心理学はおおむね,以下に示す2つのモデルを参照し,それぞれのモデルにおける変数を考慮し,また調整しながら学習成果を高めるメカニズムを明らかにしようとする研究領域と言える。
1.2.1 学習率(Carroll, 1963)
学習率は学習に必要な時間に対して実際に学習に費やした時間によって高低が生じるというモデルである。
\(Degree\ of\ learning = f(\frac{time\ actually\ spent}{time\ needed})\)
一般的には,学習に費やす時間を増やせば学習は成立しやすい(学習率が上がる)と考えられがちである。そのため,多くの学校では学習時間を増やそうとして,授業時数や持ち帰り学習の時間を多くするという手立てがとられることが多い。しかし,単に学習時間を増やせば学習成果が高まるのではなく,実質的な学習時間,すなわち,知識の付加と再構成につながる処理が行われる時間が確保されなければ,学習成果にはつながらない。課題従事行動9をうながしたり,浅い処理ではなく深い処理をうながしたりといったことが必要である。このようなことをうながす具体的な手立てを構想し実践するための理論的背景を,教師は知っていなければならない。
また,学校での学習では,限られた時間の中で多くのことを学ぶことが求められる。そのため,学習時間を増やそうとしても限界がある。そのため,このモデルの分母である「学習に必要な時間」を減じることで学習率を高める策をとる必要がある。そのためには新情報を与える際の提示の仕方や,認知負荷を軽減するための手立ての取り方といった教授方略を教師が用いるとともに,学習者自身が効率的に学習を進めるための学習方略を利用できるようにする必要がある。このような教授・学習方略が学習者の処理のありようを規定し学習成果につながる機序も教師は理解し,具体的な実践につなげる必要がある。
1.2.2 適性処遇交互作用(Cronbach & Snow, 1977)
適性とは所与の条件下での学習成果を予測しうる学習者の個人差を指し,処遇とは教授法,学習方法,時間などの操作可能な学習条件を指す。そして学習成果が適性と処遇の組み合わせによる効果として現われることを適性処遇交互作用(ATI)という。行動が引き起こされる条件を明らかにするために人為的に条件を設定し,条件と行動との因果関係や主効果を明らかにすることをめざす実験心理学のアプローチと,知能などの個人差要因の高低と学力検査得点の高低といった変数間の相関関係を明らかにすることをめざす相関研究のアプローチを統合したパラダイムである。
個人差によって適合する教授法は異なるにもかかわらず,教授法研究においては,すべての学習者に対して効果的な万能薬的教授法の開発がめざされ,学習成果に影響を与えうる適性は誤差としてしか扱われてこなかった。一方,適性研究においては一定の学習成果に到達するために必要な適性を明らかにすることに主眼がおかれ,処遇に対しては関心が十分に払われてこなかった。これらの研究のアプローチとは異なり,学習成果に影響を及ぼしうる適性と処遇の両方を研究の俎上に載せることで,個に応じた学習指導を検討する際の方針を提供しうる研究をめざすことが,ATIの教育的意義である。
ATIの典型的な例を示すと Figure 1 のようになる。横座標が適性Aの高低,縦座標が学習成果\(O\)の高低,2本の直線が処遇(\(T_1\),\(T_2\))ごとの\(O\)のAへの回帰直線,縦座標の曲線が処遇ごとの\(O\)の分布,横座標の曲線が適性Aの分布である。この場合,\(O_1\)より\(O_2\) の方が高いため,処遇の主効果が見られるといえる。また,いずれの直線も右肩上がりであることから,適性の主効果も見られるといえる。しかし,2本の回帰直線の交点を境にして,適性高群においては\(T_1\)の方が,低群においては\(T_2\)の方が\(O\)が高く,適性Aの高低によって処遇Tの効果が異なる。このように回帰直線の交差や非平行性が見られることを交互作用という。
このパラダイムに立つと,学習者の適性に関する情報を取得し,その適性にあわせた指導を行うといった最適化を行うとよいという示唆が導かれがちである。しかし,適性そのものが教育によって変化しうる可変的な特性であり,安定した個人差要因とは言えないという問題がある。このような不安定な個人差要因を前提として最適化を図ることは合理的とは言いがたい。さらに,実際の学習指導は単一の教授法によって行われるものではなく,複数の教授方略と,学習者が用いる学習方略とが組み合わされながら展開されるものである。このような考え方に立つと,重要なのは,様々な指導方略,学習方略が学習成果をもたらす機序と,その機序に与える個人差要因の影響を理解したうえで,これらを複数組み合わせた際にうながされる処理のありようを学術的かつ合理的に組み立てて構想する必要を指摘することができる。
2 学習集団
- 学校での学習の特徴は,教師の指導のもとで他者とかかわりながら学ぶというところにある。生徒どうしの関係が学習行動や学習成果に与える影響などに関する研究論文をとりあげ,ともに学ぶものがいる教室ならではの学習の意義を検討する。
2.1 扱う文献
- Hattie, J. (2009). Visible learning: A synthesis of over 800 meta-analyses relating to achievement. Routledge. 図書館に和訳あり
- Porath, Christine L., Erez, & Amir (2007). Does Rudeness Really Matter?: The Effects of Rudeness on Task Performance and Helpfulness. The Academy of Management Journal, 50 (5), 1181-1197.https://doi.org/10.5465/amj.2007.27169783
- Wentzel, K. R., Jablansky, S., & Scalise, N. R. (2018). Do friendships afford academic benefits? A meta-analytic study. Educational Psychology Review, 30(4), 1241–1267 https://doi.org/10.1007/s10648-018-9447-5
- Wentzel, Kathryn R., Jablansky, Sophie, Scalise, & Nicole R. (2021). Peer Social Acceptance and Academic Achievement: A Meta-Analytic Study. Journal of Educational Psychology, 113 (1), 157-180 https://doi.org/10.1037/edu0000468
2.2 協同学習の効果
教育心理学では一般的に,協同学習の効果は高いことが示されている。Hattie (2009) による複数のメタ分析の結果をメタ分析(メタ‐メタ分析)して求められた平均効果量は \(d=0.41\) であった。
2.3 友人関係と学習成果
友人関係が学業成績や認知能力の向上に影響をするのはなぜか。その背景には,社会的構成主義で強調される他者との相互交渉やピアモデリングによって認知発達た促進されたり,動機づけ理論のひとつである自己決定理論で重要視されている関係性の欲求の充足によって動機づけがより内発的なものとなり深い処理が促されるためと考えられる。
Wentzel et al. (2018) はメタ分析で,友人関係が学習成果や認知能力(科学的推論等)に与える平均的な主効果と,調整変数による効果の違いについて検討した。友人関係が学習成果と認知能力に与える効果は,固定効果モデルで推定した場合 g=0.35 95% CI[0.33, 0.37]であった。調整変数分析は固定効果モデルで行い,以下のような結果が得られた。初等教育段階(g=0.35)と中等教育段階(g=0.35)では違いが見られない。学業成績(g=0.35),認知能力(0.27)のどちらに対しても効果的。また,友人関係の種類による効果の違いを検討したところ,教師が指名したペアとともに学習を進めた場合(g=0.27 95% CI[0.00, 0.53]),仲のよい友人がいる教室で学習を進めた場合(g=0.38 95% CI[0.24, 0.40])であった。友人関係が学習成果等に影響を与える機序は明らかとなっていない部分が多いが,理論的に想定される機序を踏まえたメタ分析による調整変数分析が行われると,さらに明らかになることが期待される。
2.4 Peer acceptance
Wentzel et al. (2021) は,同年代の仲間に好かれ受け入れられている程度(peer social acceptance)と学業成績との関連について,メタ分析の手法を用いた体系的な検討を行った。157の効果量をもたらした72の研究を対象とし,両者の関係に加え動機づけ的要因とエンゲージメントによる媒介効果が検討された。その結果,同年代の仲間に好かれ受け入れられている程度は学業成績と有意かつ正に関連しており,効果量は中程度であることが示された。さらに,学業領域固有の動機づけ的要因とエンゲージメントが,同年代の仲間に好かれ受け入れられている程度と学習成果との関係を部分的に媒介していることも示された。これらの知見は,生徒の学業的達成を支援する上で仲間が重要な役割を果たすことを示唆しており,ピア・アシスト学習(peer-assisted learning)の活動を取り入れた教室指導の有効性を支持するといえる。なお,媒介効果モデルについては,以下の通り。
- 学習観的自己信念(Academic self-beliefs)モデル
- 学習観的自己信念とは,学業的自己概念や学業的自己効力感など,学業という特定領域における自己評価を指す。本モデルでは,同年代の仲間に好かれ受け入れられている生徒ほど自身の学業能力に対して肯定的な信念をもち,それが学業成績の高さにつながるという媒介経路が示された。社会的受容が学業成績に及ぼす影響は,この経路を介して部分的に説明される。
- 自己概念的自己信念(Global self-beliefs)モデル
- 自己概念的自己信念とは,全般的自己価値感や自尊感情のように,特定の領域に限定されない包括的な自己評価を指す。本モデルでは,社会的受容と自己概念的自己信念との関連は認められたものの,自己概念的自己信念から学業成績への有意なパスは確認されなかった。すなわち,漠然とした自己肯定感は,社会的受容と学業成績との関係を媒介しないことが示された。
- 積極的関与(Active engagement)モデル
- 積極的関与とは,学業課題における努力,協同,援助行動,リーダーシップ,参加といった,行動的・能動的な動機づけの表れを指す。本モデルでは,同年代の仲間に好かれ受け入れられている生徒ほど授業や課題に積極的に関与し,その関与が学業成績の高さを予測することが示された。仲間からの受容が,学級内での建設的な行動を促進し,それが学習成果につながる経路が支持された。
- 否定的感情(Negative affect)モデル
- 否定的感情とは,抑うつ,孤独感,引きこもり,心理的苦痛,絶望感などのネガティブな情緒的状態を指す。本モデルでは,同年代の仲間に好かれ受け入れられている生徒ほど否定的感情を経験する程度が低く,否定的感情の低さが学業成績の高さを予測することが示された。仲間からの受容は情緒的な安定をもたらし,それが学習活動を支える基盤となっていることが示唆される。
2.5 無礼行為と課題遂行
職場における rudeness(無礼な行為——他者への配慮を欠いた,あるいは敬意を欠いた振る舞い)は,過去10年の組織研究において重要なテーマとして扱われてきた。これまでの研究では,rudeness が報復行動や反生産的行動,リーダー支援の撤回などに結びつくことが示されてきた。Porath & Erez (2007) は,こうした蓄積にもかかわらず,rudeness の重要な帰結のひとつである 被害者の客観的な課題遂行への影響 が,ほとんど検討されてこなかったと指摘する。既存研究の多くは加害者・被害者の自己報告による態度や精神的健康に焦点を当てたものであり,また aggression が組織市民行動に及ぼす影響を扱った研究も,一回限りの無礼な振る舞いではなく,持続的な abusive supervision を対象としたものが中心であった。
一方で rudeness が課題遂行に強い影響を及ぼさないと考える理由もある。人は情報を自己奉仕的に歪めて処理し,些細なネガティブ事象を割り引いて解釈する傾向があり,また状況に責任帰属することで(例:「締切のストレスのせいだ」)加害者の行動を「説明づけて」しまうことも多い。こうした事情は,研究者や実務家が rudeness のような比較的軽微な攻撃の効果に懐疑的である一因と考えられる。
しかし他方で,rudeness を経験した個人がネガティブ感情を喚起されたり,出来事を頭の中で反芻したり,加害者の行動の正当性を評価したりすることで,課題に向けるべき認知資源が奪われ,結果として遂行が低下する可能性も理論的には十分に想定できる。
そこで本研究は,rudeness が被害者の客観的な課題遂行と援助行動に及ぼす影響を実験的に検証すること,および その関係を媒介しうる心理過程(ネガティブ感情・報復願望・認知過程の干渉)を特定すること を目的とした。具体的には以下の仮説が立てられた。
- 仮説1: 直接的・間接的な rudeness の被害者は,認知的に複雑な課題,創造性課題,柔軟性課題で,rudeness を経験しない者よりも遂行が低下する。
- 仮説2a〜2c: rudeness と課題遂行の関係を,(a) ネガティブ感情,(b) 報復願望,(c) 記憶再生などの認知過程の干渉が媒介する。
- 仮説3: rudeness の被害者は,rudeness を経験しない者よりも,その後の援助行動が減少する。
2.5.1 研究1の方法・結果
98名の大学生を対象に,権威者(実験者本人)による rudeness の影響を検討した。参加者は実験室で性格質問紙(カバーストーリー)に回答した後,遅刻した別の学生(実は共謀者)が現れる場面に遭遇した。Rudeness 条件では,共謀者を退出させた直後に実験者が「この大学の学部生はいったい何なんだ。いつも遅刻してくる,プロ意識がない」といった侮辱的発言を行った。この発言は参加者個人に向けられたものではなく,間接的な rudeness として設計されている。その後,参加者はアナグラム課題(10問・10分)とレンガの使い道を挙げる課題(5分)に取り組んだ。レンガ課題の最中に実験者が鉛筆10本を「うっかり」落とし,参加者がそれを拾うかどうかを援助行動の指標とした。
結果,Rudeness 条件の参加者は統制条件と比較して,アナグラム正答数(5.04→3.78),レンガの使い道のアイディア数(11.82→8.51),創造性評定(2.73→2.11),アイディアの多様性評定(3.85→3.14)のすべてで有意に低い遂行を示した。援助行動も大きく減少し,統制条件では平均7.92本の鉛筆を拾ったのに対し,Rudeness 条件では平均2.07本に留まった(拾った参加者の割合は89.8%→35.5%)。一方,ネガティブ感情の媒介効果は支持されなかった。
2.5.2 研究2の方法・結果
82名の大学生を対象に,rudeness の加害者が実験本体とは無関係な第三者である場合の影響を検討した。参加者は指定された部屋へ向かったが,実験は別室で行われる旨を記した小さな貼り紙を見落とすように設計されており,室内にいた共謀者(「忙しい教授」役)に道を尋ねることになった。Rudeness 条件では,この共謀者が「字も読めないんですか。ドアに『実験は別室』と書いてあるでしょう。私が暇に見えますか。私は受付係じゃない,忙しい教授なんです」と侮辱的に応答した。その後,参加者は別室へ移動し,無害な実験者の下で研究1と同じ認知課題に取り組んだ。援助行動は,課題の最中に実験者が本10冊を落とす場面で測定した。援助対象は rudeness の加害者ではなく,無害な第三者である実験者である点が研究1と異なる。
結果,Rudeness 条件の参加者は統制条件と比較して,アナグラム正答数(5.18→3.21),レンガの使い道のアイディア数(11.00→6.95),創造性評定(2.97→2.26),アイディアの多様性評定(4.51→3.55)のすべてで有意に遂行が低下した。援助行動も劇的に減少し,平均4.08冊→0.62冊(援助した割合は72.5%→23.8%)であった。報復願望は Rudeness 条件で有意に高かったものの,報復願望による媒介効果は統計的に支持されなかった。ネガティブ感情に有意差は認められなかった。
2.5.3 研究3の方法・結果
94名の大学生を対象に,rudeness を「想像するだけ」でも課題遂行が低下するか,またその過程を 記憶再生(対連合課題)の干渉 が媒介するかを検討した。参加者はまず15対の対連合語(例: tall–bone,plan–leaf)を5分間で記憶した。その後,無作為に配布された4種類のシナリオ(Rudeness 場面2種,中性場面2種)のいずれかが「自分に起きたと想像」して10分間で物語を執筆した。続いてアナグラム課題とレンガの使い道課題を行い,最後に対連合語の片方を提示してペアの相手を再生する課題に取り組んだ。本研究では援助行動は測定されていない。
結果,想像上の rudeness を経験した参加者は,統制条件と比較して,アナグラム正答数(5.96→4.47),レンガの使い道のアイディア数(10.49→8.36),創造性評定(3.52→3.01),アイディアの多様性評定(4.07→3.55)のすべてで有意に低い遂行を示した。記憶再生課題の成績も低下し(13.06→11.02),Sobel 検定の結果,記憶再生の低下がアナグラム遂行・レンガ課題のアイディア数・アイディアの多様性に対する rudeness の効果を有意に媒介していた。一方,ネガティブ感情には条件差が認められなかった。
2.5.4 研究1から3のまとめ
3つの実験を通じて,直接的な rudeness,第三者からの rudeness,想像上の rudeness のいずれもが,被害者の課題遂行と援助行動を有意に低下させる ことを示した。効果はアナグラムのような比較的単純な認知課題から,創造性や柔軟性を要する複雑な課題まで一貫して認められ,また rudeness の操作はいずれも比較的穏やかな一回限りの出来事であったにもかかわらず頑健な効果が得られた点が注目に値する。
媒介過程に関しては,ネガティブ感情と報復願望は媒介変数としては支持されず,むしろ 記憶再生に代表される認知過程の干渉が課題遂行低下を媒介する ことが示された。すなわち rudeness は,被害者を意識的に怒らせて報復させるという経路よりも,認知資源を出来事の処理(反芻・再解釈・正当性の評価など)に向けさせることで,課題に振り向けられる認知資源を奪うという経路で遂行を損なう可能性が高い。被害者本人が rudeness の影響を意識していなくても,客観的な遂行は低下しうるのである。
さらに研究2の知見は,rudeness が 加害者と被害者の二者関係の内部に閉じない「波及効果」 をもつことを示唆する。rudeness の加害者ではない無害な第三者に対する援助行動さえも有意に減少しており,これは displaced aggression(置換攻撃)の枠組みで解釈可能である。職場における rudeness は,当事者間の問題に留まらず,組織内の他のメンバーや顧客との関係にも影響を及ぼしうる。
これらの結果は,調査研究中心であった rudeness 研究に客観的行動指標を加えた点で方法論的に貢献するとともに,実務的にも重要な含意をもつ。職場の構成員が「rudeness は問題ない」と報告する場合であっても,また当事者本人が意図的に「仕返し」をしている自覚がない場合であっても,rudeness は遂行と協力行動に実害を及ぼしている可能性がある。
3 社会科の教育心理学
3.1 国内の社会科学習に関する教育心理学的研究
3.1.1 社会科という教科
社会科とは学習指導要領では「広い視野に立って,社会に対する関心を高め,諸資料に基づいて多面的・多角的に考察し,我が国の国土と歴史に対する理解と愛情を深め,公民としての基礎的教養を培い,国際社会に生きる平和で民主的な国家・社会の形成者として必要な公民的資質の基礎を養う」ことを目標とした教科である。しかし,戦前の地理,国史,修身を廃して新設された当時の社会科は,民主主義社会の担い手の育成のための中心(コア)教科と位置づけられ,問題解決的な学習過程を通して社会生活の中にあるいろいろな種類の相互依存関係を総合的に理解し,科学的総合的な自分の考えを立てながら社会的事象を合理的に判断する能力を育成することを主たる目的とした教科であった。
その後幾度かの変遷を経て,現在の社会科は,地理,歴史,公民といった分野からなる教科となった。しかし,社会的認識の形成が目標であるという点は変わらない。地理学,歴史学,経済学,政治学,法学,倫理学などの社会科学を親学問とし,社会的事象を多面的にとらえ多角的に考察し,価値判断,意志決定,未来予測を行い,問題解決を図ることのできる能力の育成や概念の形成を目指すのが社会科である。したがって,事実的知識の機械的暗記の集積ではなく,構築された知識の再構成が目指す教科であるといえる。
国内で社会科を対象とした教育心理学的研究もまた,一般的に流布している社会科に対するとらえ方を否定し,本来の教科の目的の達成を視野に入れて実施されてきた。すなわち,機械的暗記が断片的知識を生み,断片的知識は誤認識を温存し,誤認識は学習内容の有意味化を妨げ,有意味化の失敗は学習動機を低下させるという循環ではなく,深い処理による知識の再構成が概念的理解と誤認識の修正をもたらし,深い理解が学習者の知的好奇心を高め,さらに能動的に知識を再構成していく,という循環の実現を目指す研究が行われてきた。
3.1.2 国内の先行研究の検討
ここでは,国内の代表的研究の論文である 麻柄・進藤 (2004), 麻柄・進藤 (2012), 下司 (2021), 進藤 (2002), 横島 (1976) を取り上げ,解説の作成を通して各々の研究知見を概略的に把握し,これらを総合的に見ながら教育心理学的知見と実践的含意を導く。
3.1.2.1 範例学習による歴史的因果の理解(横島, 1976)
- 横島 章 (1976). 高校社会科世界史における学習指導法の教育心理学的研究 教育心理学研究, 24, 247–251.
3.1.2.1.1 研究の背景と目的
高校の世界史授業を対象とし,従来の授業形式とは異なる「範例学習」の指導法を取り入れた場合に,生徒の知識習得や理解に何らかの違いが生じるかどうかを検討した研究である。この研究の中心的な問いは,「歴史教育において,より考えさせる授業を行った場合,知識は本当に身につくのか」という点にある。一般的には,歴史の授業は知識を網羅的に伝達することが優先されやすく,特に大学入試を意識した授業では,用語を一つひとつ確認しながら教科書を進めていくスタイルが多く見られる。そうした授業は目的があってのことではあるが,それによって本当に深い理解が生まれるのかという疑問がこの研究の出発点となっている。
3.1.2.1.2 範例学習とは何か
範例学習とは,教科書を順に流すのではなく,ある歴史的事象を典型的な事例として取り上げ,その事例を掘り下げながら「なぜそのことが起きたのか」という歴史的因果関係を深く考えさせることを重視した学習指導の形式である。今回の実験では市民革命を取り上げ,なぜフランス革命のような大規模な民衆蜂起が起きたのか,その歴史的な因果をじっくりと扱うという授業を実施した。
3.1.2.2 実験の方法と結果
実験では,従来通りの授業を受けた統制群(CG)と,範例学習を取り入れた授業を受けた実験群(EG)を比較した。測定には,知識テストと理解テストの両方が用いられた。知識テストでは個別の用語や事実を問い,理解テストでは歴史的な因果関係の理解を問うた。また,直後テストと70日後の遅延テストの両方が実施された。結果として,知識テストにおいてはCGとEGの間に統計的に有意な差は見られなかった。つまり,範例学習を採用して特定の事象を深く掘り下げる授業をしても,知識の定着量は従来型と変わらないことが示された。一方で,理解テスト——歴史的因果を問う課題——においては,EGの方がCGよりも高い成績を示した。
3.1.2.2.1 この研究の意義
この結果が示しているのは,「深く考えさせる授業を行っても,知識はきちんと身につく」という点である。歴史の授業で一つの事象を深く掘り下げると,用語の網羅的な習得がおろそかになるのではないかと懸念されることが多いが,この研究はそれを否定するデータを提供している。さらに,歴史的因果関係の理解という点では,範例学習の方が明らかに有効であることが示された。歴史を学ぶということは,個別の事象を暗記することではなく,それらがどのような因果のつながりの中に位置しているかを理解することだという視点は,社会科教育の本質的な目標とも一致する。典型的な事例を深く掘り下げることで処理の深みが増し,それが歴史理解の向上につながると考えられる。
3.1.2.3 メタ認知と知識の体系化(進藤, 2002)
- 進藤聡彦 (2002). メタ認知的な学習方略が知識の有意味化に及ぼす影響 教育方法学研究, 28, 95–105.
3.1.2.3.1 研究の背景と問題意識
社会科——特に日本史——が「暗記科目だ」と見なされる傾向を問題の出発点としている。生徒が個々の知識を断片的に記憶しているだけでは,事項同士の関連が見出せず,知識が孤立したまま体系化されない。孤立した知識は想起しにくく,応用も難しい。そこでこの研究では,メタ認知と知識の体系化との関連を検討している。
3.1.2.3.2 メタ認知とは何か
メタ認知とは,「認知の認知」——すなわち,自分が何をどのように考え,理解しているかを自分自身が監視し,制御する働きのことである。メタ認知は,メタ認知的モニタリング(自分の理解や記憶を評価すること)とメタ認知的制御(思考や記憶の方略を調整すること)の2つの活動に分けられ,これらは相互に関連している。また,メタ認知的知識とは,課題のやり方や認知の状況を理解する力のことを指す。
3.1.2.3.3 調査の方法と結果
この研究では,大学生(教育学部学生も含む)を対象に,日本史に対する好悪感についてのアンケートを実施した。その結果,「好き」と答えた者が25%,「嫌い」が34%,「どちらでもない」が39%であった。 メタ認知的活動の観点から3つのグループを比較したところ,「好き」と答えたグループと「嫌い」と答えたグループの間に,メタ認知的制御活動における差が見られた。日本史が好きな者ほど,メタ認知的制御活動を行おうとする志向性が高く,嫌いな者は暗記に頼る傾向が強かった。 さらに,資料文を読んだ後に疑問を生成するよう求める課題を実施したところ,メタ認知的能力が高い者ほど疑問の生成数が多く,また知識の体系化が促されやすいことが示された。一方,机械的な暗記に頼る傾向のある者は,疑問の生成に課題があることも確認された。
3.1.2.3.4 この研究が示すこと
歴史学習の重要な特徴の一つは,事象が時間的につながっているという点にある。「なぜこのことが起きたのか」という疑問を持つことができれば,知識が歴史的因果のつながりの中に位置づけられ,体系的に整理されやすくなる。逆に,机械的な暗記に終始してしまうと,用語は覚えていても,それがどのような文脈の中にあるのかがつながらず,知識が孤立したままになる。 この研究は,授業において暗記中心の学習ではなく,疑問の生成を促すようなメタ認知的な学習方略を活用させることの重要性を示している。具体的な方策としては,関係のある事項を線で結んで関係を図示する「概念地図法」や,学習した内容をその内容を知らない人に一から説明する「教示法」などが挙げられる。自分が説明しきれない箇所は,理解が不十分な箇所として顕在化し,その改善がさらなる理解の深化につながる。
3.1.2.4 象徴事例による学習内容の理解促進(麻柄・進藤, 2004)
- 麻柄啓一・進藤聡彦 (2004). 「象徴事例」概念の提案と歴史学習に及ぼす象徴事例の効果の検討 教育心理学研究, 52, 231–240.
3.1.2.4.1 代入例と象徴事例の区別
この論文は,「象徴事例」という概念を提案し,その歴史学習への効果を検討した研究である。まずこの研究の中心概念を整理する。 多くの教材は「PならばQ」という形の命題を基本として構成されている。このとき,代入例とは,命題のPの部分を具体化することを指す。たとえば「運動を続けると体力がつく(P→Q)」という命題に対して,「サッカー部のAさんが体力をつけた」「バスケ部のBさんも体力をつけた」というように,「運動(P)」の部分を具体的な事例で埋めていくのが代入例である。歴史学習で言えば,「江戸時代の大名は参勤交代の費用を節約しようとしていた」という命題に対して,「加賀藩の大名もそうであった」「米沢藩の大名もそうであった」というように大名(P)を具体化するのが代入例にあたる。 これに対して象徴事例とは,命題のQの部分——つまり結果の部分——を具体化することを指す。先の例で言えば,「大名がどのように費用を節約したか(Q)」の部分を具体的に示すことが象徴事例にあたる。たとえば,「移動時間を短縮するためにトイレカゴを利用した」「行列を立派に見せるために人通りの多い場所だけアルバイトを雇った」といった具体的な描写がこれにあたる。これにより,「費用を節約した」という抽象的な命題が,学習者にとって生き生きとした具体的なイメージとして理解されやすくなる。
3.1.2.4.2 実験の方法と結果
この研究では2つの実験が行われた。実験1では小学校5年生を対象に,象徴事例の提示が学習の面白さ・意外感・理解の促進にどのような影響を与えるかを検討した。象徴事例を読んだグループ,代入例のみを読んだグループなどを比較した結果,象徴事例を読んだグループでは授業をわかりやすいと評価する割合が高く,事後テストにおいても正答率が高い傾向が見られた。ただし小学生では歴史的知識の不足が影響し,純粋な効果の測定が難しかった。 そこで実験2では大学生182名を対象に実験が実施された。大学生は参勤交代について一定の知識を持っているため,より純粋に象徴事例の効果を測定できる。結果として,面白さについては大学生では差が見られなかったが(すでに参勤交代の知識を持っているため),意外感については象徴事例を読んだグループの方が代入例のみを読んだグループよりも内容を意外だと感じる割合が高かった。さらに重要な知見として,象徴事例を読んだグループでは,提示された事例と意味的に類似した別の節約方法(「人を借りる」事例を読んだグループが「物を借りる」方法についても「ありそうだ」と判断するなど)を受け入れやすくなる傾向が示された。複数の象徴事例を読んだグループでは,こうした応用的な思考が全体的に促進されることも確認された。
3.1.2.4.3 この研究の教育的意義
教師が授業を設計する際には,教材に載っている内容をそのまま伝えるだけでなく,それを学習者の理解を促すような形に「加工する」ことが重要な仕事の一つとなる。象徴事例を用いることで,「大名は参勤交代の費用を節約した」という抽象的な記述が,「どのように節約したか」という具体的で印象的なイメージとして学習者の頭に入り,単なる暗記ではなく意味のある理解につながる。また,そうした具体的なイメージが他の事例への思考の広がりを促し,歴史的因果の理解をより深めることも示唆されている。
3.1.2.5 誤概念の修正と知識操作(麻柄・進藤, 2012)
- 麻柄啓一・進藤聡彦 (2012). 教材文読解における操作活動が歴史の誤認識修正に及ぼす効果 教授学習心理学研究, 8, 67–76.
3.1.2.5.1 誤概念(素朴概念)とは何か
この論文は,学習者が歴史的事象について抱いている誤概念——特に素朴概念——の修正を促すための教材設計に焦点を当てた研究である。 素朴概念とは,日常生活の中で自然に形成された概念のことであり,しばしばアカデミックな観点からは誤っているものを含む。この研究では「徳川幕府は全国の大名から年貢を取り立てていた」という誤概念を取り上げている。実際には,徳川家(幕府直轄の領地)に対しては年貢を徴収していたが,大名の領地(藩)からは年貢を取り立てていたわけではない。こうした誤概念は,日常的・断片的な情報の中で自然に形成されるものであり,単に正しい知識を上から与えるだけでは修正されにくい。
3.1.2.5.2 実験の方法と結果
この研究では2つの実験が行われた。実験1では大学生62名を対象に,説明文を読んだグループ(読解群)とテストのみを受けたグループ(テスト群)を比較した。また,読解にあたって命題を論理的に変換する「操作問題」(例:「上知令は1722年から1730年の9年間実施された」→「つまり,それ以外の期間は実施されていなかった」という変換)を課すことで,操作水準が標的問題の正答率に与える影響を調べた。 結果として,説明文を読んだ読解群の方が,テスト群よりも標的問題の正答率が高かった。また,操作問題の成績と標的問題の成績の間には正の相関関係が見られ,操作水準が高いほど,標的問題でも正答しやすい傾向が示された。 実験2では,操作問題の解答解説(援助情報)の有無が結果に与える影響を検討した。援助情報が与えられたグループでは,そうでないグループよりも標的問題の正答率が高くなっており,読解を促進する情報の提供が誤概念の修正を後押しすることが確認された。
3.1.2.5.3 知識操作と既有知識の顕在化
この研究における重要な概念の一つが「知識操作」である。誤概念を修正するには,まず学習者が現在持っている既有知識(誤概念を含む)を顕在化させることが必要だ。「あなたが知っていることはこういうことですね」という形で誤概念を表に出し,そこに修正に必要な情報を組み合わせることで,学習者は自分の知識構造を再構成できるようになる。 たとえば「大名は年貢を納めていた」という既有知識(誤概念)に対して,「年貢を納めていたのは一部の期間・領域に限られる」という情報を提示することで,「では,その他の期間や領域においてはどうであったのか」という思考の余地が生まれ,学習者自身が全体像に迫ることができるようになる。これは,知っていることと知らないことを整理した上で,教材を適切に提示するという教師の重要な仕事に直結している。
3.1.2.6 4本の論文を貫く共通の視点
4本の論文を通覧すると,いくつかの共通した教育心理学的視点が浮かび上がる。 第一は,歴史的因果関係を扱うことの重要性である。横島 (1976) も 進藤 (2002) も,歴史的な「なぜ」を問うことが,知識の体系化と深い理解につながることを示している。個別の事象を暗記するのではなく,それらが時間的・因果的につながる中で理解されることが,歴史学習の本質であるという点で一致している。
第二は,具体的な事例や情報提示の工夫である。麻柄・進藤 (2004) の象徴事例は,抽象的な命題を具体的なイメージに変換することで理解と記憶を促進する。教師が教材を「加工する」という行為は,こうした具体化の工夫として理解できる。
第三は,学習者の既有知識への働きかけだ。麻柄・進藤 (2012) が示すように,誤概念(素朴概念)は単に正しい情報を与えるだけでは修正されない。既有知識を顕在化し,そこに新たな情報を結びつけながら知識を再構成させるという過程こそが,真の意味での学習だという認識は,記憶と知識の再構成という枠組みとも一致している。
これらの知見は,社会科教育において「どのように知識を提示し,どのように思考を促すか」という授業設計の問いに対して,実証的な根拠を与えるものである。教師は教科書の内容をそのまま伝えるだけでなく,学習者の既有知識と照らし合わせながら情報を加工し,概念形成を促す授業を設計することが求められる。この点が,社会科教育における教育心理学の核心的な貢献であると言える。
3.2 海外の社会科に関する教育心理学的研究
3.2.1 歴史家のように考えるとはどういうことか
前回は国内の社会科教育に関する教育心理学的研究を概観した。今回はそれを踏まえ,海外における代表的な研究を取り上げる。はじめに,第一次世界大戦がなぜ起こったのかという問いを考えてみたい。一般的な説明としては,オーストリア大公フランツ・フェルディナントの暗殺(サラエボ事件)をきっかけに,すでに列強同士の対立が深まっていたヨーロッパで次々と宣戦布告が行われ,戦争へと発展したというものだ。これは歴史上の「事実をなぞる」説明である。
しかし,こうした事実の伝達以外に,歴史を教えるアプローチがあるだろうか。社会科の親学問は歴史学であり,歴史学者は教科書に書かれていることをそのまま伝えているわけではない。歴史研究者は,さまざまな一次資料を読み解き,それらをつなぎ合わせ,新たな解釈を加えていく営みを行っている。教科書に掲載されている記述で歴史のすべてが明らかになっているのであれば,歴史研究という営みそのものが必要ないはずだ。しかし実際には,新しい資料の発見によって新たな解釈が生まれ,歴史の理解は絶えず更新されている。
3.2.2 歴史的因果推論の明示的教授が生徒の学習に与える効果 (Stoel et al., 2017)
Stoel et al. (2017) は,歴史的因果推論の明示的教授が生徒の学習に与える効果を,ランダム化対照実験によって検討した研究である。理論的基盤としてドメイン学習モデル(MDL)を用い,実験群では因果推論に関するストラテジー,二次概念(second-order concepts)の知識,そして批判主義的(criterialist)な認識論的信念の明示的教授が行われた。これを通常の事実伝達型授業を受けた統制群と比較している。
第一次世界大戦の勃発を題材として,通常の授業では事実を順番に教えるのに対し,実験群の授業では,歴史的因果がどのように複雑に交絡しているかを身近なたとえ話を用いて説明し,コンセプトマップ(概念地図)を使って因果関係を図示し,さらに解釈の違いについてディスカッションを行うという,探究的な指導が実践された。
3.2.2.1 実験の結果
結果として,次の3点が明らかになった。第一に,歴史学習への興味・関心は実験群の方が高まった。探究的な授業の方が,生徒の学習意欲を引き出しやすいことが示された。第二に,因果推論の方法——歴史的な因果関係を論じる力——は実験群の方が有意に向上した。これは当然の結果とも言えるが,因果を扱う授業を通じて因果推論の力が育つことが実証された。また,歴史的に判断することの重要性という認識論的信念も実験群で高まった。第三に,注目すべき点として,事実的知識(個別の歴史的事実を問う問題での成績)においては,実験群と統制群の間に統計的に有意な差は認められなかった。つまり,探究的な授業を行っても,通常の事実伝達型授業と同程度に事実的知識は身につくということだ。
3.2.2.2 この研究の意義
「深く考えさせると,覚えなければならない知識が身につかないのではないか」という懸念は根強い。実際,事実をなぞる授業の利点として「テストでどこが出るかが明確で勉強しやすい」という見方もある。しかしこの研究はその懸念を否定するデータを提供している。探究的・有意味的な学習を行っても,事実的知識は変わらず定着する。そのうえで,因果推論の力や歴史的な思考力については探究型授業の方が優れているのだから,「どうせやるなら」探究的な授業の方が合理的だということになる。前回の講義で確認した「有意味学習は機械的学習と同程度以上に事実知識を定着させる」という国内研究の知見とも一致する結果である。
3.2.3 「歴史家のように読む」授業の効果(Reisman, 2012)
3.2.3.1 一次資料を使う学習とは何か
Reisman (2012) は,アメリカの11年生(高校2年生相当)を対象に,「Reading Like a Historian(RLH:歴史家のように読む)」カリキュラムの6ヶ月間の介入効果を検討した準実験的研究である。
教科書は,多数の一次資料や学術的知見をまとめ,整理された記述として提示するものだ。一方,一次資料——古文書,条約,当時の記録など——は,それ単体では理解が難しく,他の資料や背景知識と組み合わせながら読解する必要がある。こうした一次資料を使う学習では,資料を「つなぎ合わせる」という作業が不可欠となり,資料のどこに着目するかによって解釈も異なってくる。
RLHカリキュラムの核心は「Document-Based Lesson(資料に基づく授業)」という構造であり,生徒が複数の一次資料を批判的に読み,以下のような歴史固有のリーディング・ストラテジーを明示的に学ぶよう設計されている。第一にソーシング——資料の出典(誰が,いつ,なぜ書いたか)を踏まえて信頼性を評価すること。第二に文脈化——資料を当時の歴史的文脈の中に位置づけること。第三に精読——資料の内容を丁寧に読み込むこと。第四に照合——複数の資料を比較対照することである。
3.2.3.2 実験の結果
この介入を受けた処遇群と,通常の教科書中心の授業を受けた統制群を比較したところ,以下の4つの指標すべてにおいて処遇群が統制群を有意に上回った。第一に歴史的思考力,第二に現代の問題への転移・応用力,第三に事実的知識,第四に一般的読解力である。 Stoel et al. (2017) と同様に,Reisman (2012) で事実的知識においても統制群を上回る差が生じたことことが示されている。一次資料を使って複数の資料を組み合わせ,解釈的に学習を進めることは,思考力の育成にとどまらず,事実知識の定着という点でも優れた効果をもたらした。
3.2.3.3 なぜこうした効果が生まれるのか
この結果を前回までの講義の内容と結びつけると,明確に説明できる。一次資料を使い,複数の資料をつなぎ合わせ,解釈する学習では,前回学んだ「生成効果」が働く。自分で情報をつなぎ合わせるという行為は,外部から与えられた情報を受動的に読むだけの学習よりも深い処理を促す。この深い処理——有意味学習——が行われることで,思考力の育成と事実的知識の定着が同時に達成されると考えられる。「自分で説明できる」ほどに理解することを目指して学習を進めることが,最も効果的といえる。
3.2.4 認識論的認知(epistemic cognition)介入が学業達成に与える効果(Cartiff et al., 2021)
3.2.4.1 メタ分析とは何か
Cartiff et al. (2021) は,認識論的認知(epistemic cognition)への介入が学業達成に与える効果についてのメタ分析である。メタ分析とは,個別の研究を一本ずつ見るのではなく,同じテーマに関する多数の研究を集めて統計的に再分析することで,平均的な効果の大きさや,効果に影響を与える条件を明らかにする方法である。
教育心理学の研究は特定の大学・地域・対象者で行われることが多く,「それはあなたの大学の学生だからそうなったのではないか」「他の場所でやったら結果は違うのではないか」という疑問が常につきまとう。個別研究では場所や対象者ごとに結果は多少異なるが,それらを統合して平均的にどのような効果が見られるのかを明らかにするのがメタ分析である。
この研究では,データベース検索で得られた約17万本の論文から,重複を除くと約3,500本となり,さらに効果量を比較できる指標が揃っているものに限定した結果,最終的に26研究・28独立サンプル・59効果量が分析の対象となった。
3.2.4.2 効果量という指標
メタ分析では効果量(Cohen’s \(d\))という指標が用いられる。これは,テストの満点が研究によって異なる(5点満点・10点満点・100点満点など)ために単純比較ができない問題を解消するため,標準偏差を単位として共通尺度化したものだ。効果量0.5は,実験群と統制群の平均偏差値差が5に相当する。すなわち,効果量を10倍すると偏差値の差として読み取れる。効果量0.6前後の値は,偏差値で約6の差に相当し,実践的に見ても相当に大きな効果と言える。
3.2.4.3 認識論的認知とは何か
認識論的認知とは,「知識とは何か」「知っているとはどういうことか」「なぜ根拠や理由が必要なのか」「複数の見方で考えることはなぜ重要か」といった,知識そのものの性質や正当化のプロセスについての理解のことだ。単に事実を知っているというだけでなく,知識の確かさや根拠,複数の視点の存在を理解し,それを学習に活かす力を指す。
3.2.4.4 メタ分析の結果
分析の結果,認識論的認知への介入全体の平均効果量は統計的に有意であることが示された。モデレーター分析では,使用された理論モデルの種類が効果量に影響することが明らかになった。特に効果が大きかったのは次の2つのモデルに基づく介入である。
第一に,Hofer & Pintrich (1997) の多次元的認識論的信念モデル——知識の確実性・単純性・源泉・到達可能性という複数の信念次元を想定するモデルだ。第二に,Kuhn et al. (2000) の発達モデルと Barzilai & Zohar (2014) の枠組みを統合したカテゴリ——絶対主義的・多元主義的・評価主義的という3段階の認識論的立場の発達を理論化するもの——である。これら2つのモデルに基づく介入はいずれも,効果量\(d = 0.62\)〜\(0.63\)という値を示し,偏差値に換算すると約6〜6.5ポイントの差に相当する。
この知見が示唆するのは,認識論的認知の発達を促す指導において,知識の正当化プロセスと客観性・主観性の統合的理解を重視することの重要性である。
3.2.5 3本の論文を統合する視点
Stoel et al. (2017) の探究的授業,Reisman (2012) の一次資料を使った学習は,いずれも「知識はどのように作られ,どのように正当化されるのか」という認識論的認知の育成を促す実践として位置づけられる。Cartiff et al. (2021) のメタ分析が示した知見——認識論的認知への働きかけが学習成果に大きな効果をもたらす——は,これら2本の実践研究を理論的に裏づけるものである。
3.2.6 地理・公民教育への示唆
ここまでの研究は歴史学習を対象としたものがほとんどだが,社会科の教員は歴史だけでなく地理や公民も教えなければならない。これらの研究から得られた知見は,地理・公民にも応用可能だろうか。
たとえば公民において「なぜ日本国憲法が作られたのか」という問いに迫る授業を設計すること,地理において「なぜここに果樹園があるのか」という因果を探究する授業を設計することは,いずれも認識論的認知の育成と有意味学習の促進につながる。社会科教育の本質は「なぜそうなのか」を問い,資料を使って自分で解釈し,説明できるようになることにある。
教科書の内容をカッコ埋め形式で伝えるだけでなく,資料を組み合わせ,複数の解釈を比較し,自分の言葉で説明するという学習活動を授業に組み込むことが,思考力と知識の両立をもたらすことが,複数の実証研究によって裏づけられている。これが,社会科教育における教育心理学的知見の核心といえよう。
4 教授学習過程
4.1 教授学習心理学の基礎
4.1.1 生成効果
生成効果(generation effect)とは,学習者が自ら能動的に情報を生成した場合の方が,単に読んだだけの場合よりも記憶保持が優れるという現象である。
4.1.1.1 生成効果の実験例
高橋・梅本 (1990) は,特定領域(交通法規)の文を材料として,高知識者と低知識者を対象に読み条件と生成条件の記憶成績を比較した。その結果,再生においては知識量や文のタイプに関わらず生成効果が認められた一方,偶発学習における再認では高知識者においてのみ生成効果が認められ,生成効果が学習者の特性とテスト形式に依存することを示した。
4.1.1.2 再現実験
高橋・梅本 (1990) の実験2(意図学習)をもとに,材料を心理学の専門用語の定義文に変更し,集団実験形式で実施する。実験の内容は以下の通り。
- 読み条件では刺激文をそのまま音読させ,生成条件では刺激文を意味単位に分割してランダムに提示し,正しい語順に並び替えて音読させる。両条件を1文ずつ交互に呈示し,2ラウンドの学習を行う。
4.1.1.3 手続き
実験は以下の3つのアプリケーションを用いて実施する。
- 集団実験用スライド:学習フェーズ(読み条件・生成条件を交互に呈示)と手がかり再生テストを自動進行するスライドアプリ。実験者がプロジェクターに映して使用する。読み条件の呈示時間は10秒,生成条件は20秒,手がかり再生テストは3分間。
- 再認テスト:学習した12文に対する4択の多肢選択再認テスト。各項目に「正しい文を選びなさい」という教示を表示し,全問回答後に読み条件・生成条件別の正答率をフィードバックする。回答後に学籍番号を入力して成績を提出する。
- 結果分析アプリ:Google Sheets API を通じてスプレッドシートからデータを取得し,記述統計・対応ありt検定・Cohen’s d・棒グラフ(±1SD エラーバー)・個人別散布図を表示する。データ収集日時による絞り込みも可能。
4.1.1.4 結果と考察
- 生成効果の検討
- 再認テストにおいて,生成条件の正答率が読み条件の正答率よりも高くなるか(生成効果の再現)。
- 対応ありt検定により,読み条件と生成条件の正答率の差が統計的に有意かどうかを検討する。
- 効果量(Cohen’s d)により,実践的な意味での効果の大きさを評価する。
- 高橋・梅本 (1990) との比較
- 高橋・梅本 (1990) の実験2(意図学習)では,逐語再生・意味再生ともに生成条件の方が読み条件よりも成績が高かった。本実験の再認テストでも同様の傾向が見られるか。
- 材料を交通法規から心理学専門用語に変更した場合でも,生成効果は安定して現れるか。
- 実際の教育場面への示唆
- 語句の並び替えという簡易な生成操作が,受動的な音読と比べて再認成績を向上させるならば,授業場面への応用可能性がある。
4.2 教科教育と教育心理学の理論
4.2.1 導入
社会科は,単に地名・年号・人物名・制度名などを覚える教科ではない。社会科の本来の目標は,社会的事象を多面的・多角的に考察し,価値判断,意思決定,未来予測,問題解決につなげることである。そのためには,事実的知識を機械的に暗記するだけでは不十分であり,個々の知識を関連づけ,社会的事象の意味や因果関係を理解する必要がある。
学習指導で重要なのは,「概念」をどのように形成し,どのように深く理解するかという問題である。社会科における学習とは,個別の知識をただ増やすことではなく,それらをもとにして概念を形成し,社会的認識を深めていく過程である。たとえば,歴史学習であれば,個々の出来事を覚えるだけでなく,「なぜその出来事が起こったのか」「それは他の出来事とどのようにつながっているのか」を理解することが重要になる。
一方で,学習者は白紙の状態で授業を受けるわけではない。すでに何らかの既有知識や先行知識をもっており,その中には誤概念も含まれる。断片的な知識が誤った形で結びつくと,誤認識が温存されることがある。したがって,深い理解を促すためには,学習者がすでにもっている知識を顕在化させ,そこに新しい情報を結びつけながら,知識構造を再構成していく必要がある。
この点で重要になるのが,深い処理である。浅い処理では,用語や説明を表面的に覚えるだけになりやすい。それに対して深い処理では,知識どうしの関係を考えたり,具体例と抽象的な命題を結びつけたり,因果関係を説明したりする。社会科の研究知見では,範例学習,象徴事例,歴史的因果の探究,資料の読み解きなどが,こうした深い処理を促す方法として位置づけられる。
また,社会科の学習では,批判的思考も重要である。批判的思考とは,物事をただ疑うことではなく,複数の資料や説明を比較し,根拠の確かさを検討しながら,より妥当な判断を行う思考である。社会的事象には一つの見方だけで説明できないものが多く,資料の出典,立場,文脈,因果関係を吟味する必要がある。したがって,社会科における深い理解は,単に知識を多く知っていることではなく,その知識をもとに根拠をもって考え,判断できることを含んでいる。
さらに,深い理解には,メタ認知も関わる。自分が何を理解していて,何がまだ分かっていないのかを把握することで,学習者は自分の理解を点検し,必要に応じて学習方略を調整できる。社会科,とくに歴史学習では,「なぜそうなったのか」という疑問をもつことが,断片的な知識を因果関係の中に位置づけ,知識を体系化するきっかけになる。
深い理解を支える過程として,体系化と精緻化がある。体系化とは,ばらばらの知識を相互に関連づけて構造化することである。精緻化とは,抽象的な概念や命題に,具体例,理由,背景,関連知識を付け加えて意味を豊かにすることである。社会科教育における「概念形成」や「社会的認識の形成」は,この体系化と精緻化によって支えられている。
以上を踏まえると,深い理解とは,単に正しい答えを覚えることではなく,概念を既有知識と結びつけ,誤概念を修正し,知識を体系化・精緻化しながら,根拠にもとづいて考え,判断できるようになることである。
ここからは,様々な教育心理学のテキストを持ち寄り,まとめ直しながら,深い理解とは何か,深い理解に至る処理と学習活動,深い処理をうながす介入としての学習指導のあり方,などに関する教育心理学の理論を,学習,記憶,思考,概念形成,メタ認知,理解などをキーワードにしながら学んでいく。
- 学部図書館の仮想書架から1冊選ぶ。
- ここまで学んだ内容を,選んだ書籍の内容を引用してまとめなおす。
- 取り上げるテキストは以下の通り
- 藤澤 (2017) 習得編第3章,関係するトピック
- 森岡・平林 (1997) 第5,9章
- 米澤 ほか (1998) 第4章
- 心理科学研究会 (2020) 第3章第1, 2節
- 新井 ほか (2009) 第3章第1節から第5節
- 倉石 (1971) 第3章第1, 2, 3, 5, 6, 7, 8節
- 和田 ほか (2005) 第2章第2, 3節
- 黒田 (2012) 第3章
- 柴田・宮坂 (2005) 第3章,問13-15, 18
- 大村 (1996) 第4章第2節,第5,6章,第10章第1, 2節
- 心理科学研究会 (2012) 第3章第1, 2節
- 有馬 ほか (2020) 第2章 第4章
- 西林 (1997) 第1章,第2章
- 以下の指定図書や蔵書も使って内容を補うこと
4.2.2 学習と思考
4.2.2.1 はじめに:本時の位置づけ
本時のテーマは、教授・学習過程、すなわち「教える・学ぶ」のプロセスである。社会科教育の知見を踏まえながら、深い理解に至る指導と学習とはどのようなものかを考えていく。深い理解をするからこそ、ものの見方が変わっていく。前回は学生の発表をもとに大枠を眺めたが、本時はその大枠を、記憶の仕組みという前提に立って整理し直していく。学習に関わる用語は数多くあるが、まず記憶の多重貯蔵モデルから出発する。
4.2.2.2 記憶の多重貯蔵モデル
人の頭の中は、大きく2つの役割を脳のさまざまな部位が担っている。一つはワーキングメモリ(作動記憶)、もう一つは長期記憶である。コンピューターにたとえると、ワーキングメモリはメモリ、長期記憶はハードディスクに相当する。このように複数の貯蔵庫を想定するモデルを、記憶の多重貯蔵モデルという。
認知心理学的に言えば、学習とは「持ち合わせた能力を発揮して課題解決をしながら、知識を付加し、再構成していくプロセス」である。では「持ち合わせた能力を発揮する」とはどういうことか。人は誰でも多くの知識を持っている。その既有の知識を作動記憶に取り出して使うことが、能力を発揮することの中身である。
情報処理の流れは次のようになる。まず長期記憶から既有知識を取り出して作動記憶に入れる。そこに新しい情報が入ってくる。その新しい情報と既有知識とを「つないだり、比べたり、選んだり」して、一つの塊にまとめ、再び長期記憶に入れる。これが学習の基本的なプロセスである。
4.2.2.3 既有知識の役割
ここでまず大事になるのは、長期記憶の中に何が入っているのか、という点である。勉強とは、真っ白なノートにただ書き埋めていくようなものではない。必ず既有知識(先行知識とも呼ぶ)を使って行われる。
このことは、受講者自身の体験からも確かめられる。「先週の授業で一番大事だったことは何か」と問われたとき、人はそれを思い出そうとする。あるとき受講者の一人は「わかるとは何か」について発表したことを思い出し、「わかるとは、自分で説明できて、客観的にもそうだと言える状態だ」と再現した。このとき頭の中で行われていたのは「思い出す」という作業であり、別の言葉で言えば、頭の中の状況を「復元」することである。
復元のために何が必要かというと、手がかりである。この受講者は、まず「発表をした」という場面の絵を思い出し、その絵をたどって「その中でこういうことをしゃべった」という内容へとつないでいった。つまり、既有知識は孤立して存在するのではなく、互いにつながりを持った構造として保持されている。時系列でつながっていることもあれば、そこからさらに枝分かれしてぶら下がっていることもある。
4.2.2.4 手がかりと検索——なぜ塊だと使えるのか
このつながりを持った知識を取り出す際に働くのが手がかりである。「発表をした」という一つの手がかりをつかむと、それを起点に関連する知識を芋づる式に引き出せる。手がかりをつかんで引き出すこと、これが検索である。
ここで重要なのは、ワーキングメモリの容量が限られているという点である。前回、教務課の電話番号を例に挙げたが、8桁の数字をそのまま覚えるのは難しい。それでも覚えられるのは、数字を塊(チャンク)にしているからである。知識は塊になっていないと使えず、塊になっていれば使いやすい。容量の限られたワーキングメモリを効率よく使うには、情報を塊にすることが欠かせない。
4.2.2.5 精緻化——情報に意味を持たせてまとめる
既有知識を検索して取り出し、新しい情報が入ってきたら、それを再び使いやすい形に戻して長期記憶に入れなければならない。そのために行うのが精緻化という処理である。
精緻化とは、新しい情報をただ放り込むのではなく、情報同士をつなぎ合わせ、意味を持たせてまとめていく処理である。テキストでは、精緻化に関連して次のように説明されている。すなわち、短期記憶での消失を防ぐための単なる維持リハーサルに対して、情報の意味を解釈してまとめる精緻化リハーサルがある。精緻化リハーサルとは「情報の意味を体制化する」ことであり、体制化とは「まとめること」「関連性のない項目同士を統合すること」である。そして、まとめる先は認知構造、すなわちその人が持っている枠組みや知識の体系である。
整理すると、精緻化とは「情報の意味を体制化する=まとめる=認知構造に関連付ける」処理だと言える。既有知識という認知構造に新しい情報を関連付けながらまとめ、長期記憶に入れていく。こうした学習は、機械的に丸暗記する学習とは異なり、概念や文章の理解を伴う学習であり、有意味学習(有意味受容学習)と呼ばれる。受容学習とは、学習されるべき内容を教師が最終的な形で明確に示し、学習者がそれを各自の認知構造に関連付けながら受容していく学習指導の形である。
4.2.2.6 概念化——使いやすい知識へ
精緻化を繰り返していくと、知識はだんだんと使いやすいものになっていく。そして、より大きな考え方、すなわち概念へと形成されていく。これを概念化という。バラバラな知識が認知構造に関連付けられ、使いやすい塊となり、やがて一つの考え方(概念)にまとまっていく——これが深い理解の中身である。
4.2.2.7 深い理解を促す授業——発問の役割
では、こうした頭の使い方を引き出すには、どのような授業をすればよいのか。
受講者が自身の経験を振り返ると、印象に残っている授業には共通点があった。それは、教師がただ説明するのではなく、「なぜこうなったと思うか」と問いかけ、まず自分で考えさせ、その後に説明して、自分の考えが合っていたか間違っていたかを確認させる、という形である。
ここで鍵になるのが「なぜ」という問いである。「なぜ」と問われると、学習者は自分で説明する必要に迫られる。そして、その問いに答えられることが、「わかっている」ことの証明になる。考え方がわかるということは、説明できるということであり、それは概念化が起こっている表れである。
これに対して、もし「何」と問うたらどうなるか。「何」を問う問いは、単なる知識の再生、事実の再生にとどまってしまう。したがって、「なぜ」と問うことが重要になる。この「なぜ」と問うことを発問という。発問は、単に知らないことを尋ねる質問とは異なる。質問は問う側が答えを知らずに尋ねるものだが、発問は、問いに対して学習者が一定の解を導き出すように仕向ける、教育的な問いかけである。
身近な例として、ある雑学番組が挙げられる。その番組が学びの観点から興味深いのは、出演者にまず素朴な疑問を投げかけ、答えを示す前に「ああでもない、こうでもない」と考える時間を作っている点である。答えだけを知りたいなら本を読めばよいが、答えを得る前に自分で考えるからこそ、深い処理が起こる。「なぜ」「どうして」という問いが、まさに発問として機能しているのである。
4.2.2.8 発問から理解に至る授業の具体例
発問を軸にした授業を、公民の「環境権」を例に考えてみる。
「環境権という新しい人権は、四大公害をきっかけに生まれた」とだけ教えると、これは事実と事実を単に結びつけるだけの機械的学習になってしまう。深い理解には至らない。
そうではなく、「なぜ環境権が出てきたのか」をその社会背景まで含めて説明できるようにすることが必要である。たとえばイタイイタイ病を例にとると、上流の鉱山は昔から排水をしていたにもかかわらず、なぜ戦後になって深刻な健康被害が生じたのか、と問う。その答えは、戦後の経済発展に伴って生産量が急増し、それまでは自然に薄まる程度だった排出が、薄まりきらないほど大量になったからである。同様に、騒音問題も、経済活動が活発になり航空機が頻繁に飛ぶようになったことで、以前は我慢できた騒音が我慢できないものとなり、静穏権のような新しい権利の要求につながった。
このように、一つの公害という事実だけでなく、社会情勢の変化や他の事象(騒音問題など)と結びつけて理解することで、「社会の変化に伴って新しい人権が生まれてくる」という一つの概念が形成される。背景まできちんと説明できるところまで持っていって、初めて「わかった」と言える。この記憶と学習の仕組みを理解していれば、こうした授業を組み立てることができる。これは指導において極めて重要な点である。
4.2.2.9 仕組みを働かせるために——動機づけ
この仕組みがあれば良い授業ができるが、では、この仕組みを実際に働かせるには何が必要だろうか。
発問から理解に至るまでの間、学習者は「考える」こと、すなわち自分の記憶の塊を取り出し、新しい情報と関連付けて自分なりの答えを導くことをしなければならない。そしてこの「頭を使う」ことは、一瞬で済むものではなく、ずっと続けなければならない。
学習を始めるとき、人はまず「やるぞ」という状態になる。ここで行動が生起する。しかし生起するだけでなく、それを維持し、続けていかなければならない。勉強は短時間で終わるものではなく、長い期間にわたって続けるものだからである。この、目標などに支えられながら行動が生起し、維持される過程を動機づけという。テキストでも、動機づけは「何らかの行動を引き起こし、ある方向に向け、それを維持させる過程」と定義されている。先ほどの記憶のモデルに即して言えば、こうした情報処理が活性化されることが動機づけである。
4.2.2.10 内発的動機づけと授業の工夫
では、どのような動機づけだと処理が活性化されやすいのか。
ある受講者は、入学当初に比べて今の方が学習に動機づけられていると語った。その理由を尋ねると、「実感が湧いてきた」「周りの人が勉強する環境に身を置くようになった」という。最初は「教員になるための勉強だから」という外発的な理由で始まったものが、周囲の人間関係などの影響を受けて、だんだんと内発的な方へと寄っていった。内発的な方に寄ると、その分よく考えるようになり、思考が活性化する。このように、良い人間関係などの環境要因は、動機づけを内発的な方へと寄せる働きを持つ。
では、内発的な動機づけを引き出すには、どのような授業をすればよいのか。内発的な動機づけとは、課題そのものに価値を見出し、自分ごととして楽しいと思って取り組むことである。
一つの方法は、わかる授業をすることである。ある受講者は、前の授業の内容をきちんと振り返り、流れの中で理解させてくれる教師に憧れて教員を志したという。きちんとわかると楽しい。説明できるところまで至るような「わかる授業」をすることが、内発的動機づけにつながる。
もう一つは、その内容の面白さ・魅力を伝えることである。一見つまらなく見える単元でも、「ここが面白いのだ」という魅力を教師が伝えていく必要がある。たとえ本質的には苦しさを伴う学習内容であっても、どうせ取り組むなら少しでも楽しく学べるように、教師が工夫を凝らす。深い処理が起こり、それが継続するように仕掛けを同時に走らせていくことが、教師の仕事の難しさであり、要点でもある。
4.2.2.11 メタ認知——頭の使い方を監視する
深い理解を促す学習では、うまく頭を使うだけでは十分でない。もう一つ大事になるのが、自分の頭の使い方を監視する、もう一人の自分の働きである。「自分は今どういう頭の使い方をしているのか」をモニターする力、これをメタ認知という。
実際、「さっき何を考えていたのか」と問われると、それを思い出して言葉にするのは意外に難しい。自分の認知の過程を振り返り、監視することがメタ認知だからである。テキストでは、メタ認知は「認知についての認知」であり、記憶・注意・理解などの認知的営みに関する知識的側面と、その認知のプロセスや状態をモニタリング・コントロールする活動的側面の、2つの側面を持つとされる。自分がどういうふうに頭を使っているのかを同時に把握しているからこそ、監視ができる。こうしたメタ認知を働かせられるようにすることも、深い理解を促す指導の一部である。
4.2.2.12 まとめ
本時で確認したことをまとめる。学習とは、既有知識を検索して取り出し、新しい情報と関連付けながら精緻化し、認知構造にまとめて概念化していく情報処理の過程である。この高い処理を引き出すには、「なぜ」と問う発問によって学習者に考えさせ、自分で説明できるところまで導くことが有効である。そして、その処理を生起させ維持するのが動機づけであり、わかる授業や内容の魅力を伝える工夫によって、動機づけを内発的な方へと寄せていくことができる。さらに、学習者が自分の頭の使い方を監視するメタ認知を働かせられるようにすることも重要である。
この一連の流れに沿って学習内容を当てはめていくと、筋の通った学習指導案を組み立てることができる。記憶と学習の仕組みを理解することが、深い理解を促す指導の土台となる。