早稲田大学大学院 教育心理学講義 講義ノート (2025年度)
(以下のセクションの数字はまとまりを示すものであって,講義回を示すものではありません。)
教育心理学での研究の確からしさ
このクラスで扱う内容を理解するための基礎的な事項を説明しました。
- 心理測定の基礎: 構成概念とその推定,操作的定義
- 研究知見の「確からしさ」: 系統的レビュー,メタ分析,調整変数分析

メタ分析の論文の読み方・誤概念修正における反論テキストの効果のメタ分析
講読した論文
- Danielson, R. W., Jacobson, N. G., Patall, E. A., Sinatra, G. M., Adesope, O. O., Kennedy, A. A. U., H. Bhat, B., Ramazan, O., Akinrotimi, B., Nketah, G., Jin, G., & Sunday, O. J. (2025). The effectiveness of refutation text in confronting scientific misconceptions: A meta-analysis. Educational Psychologist, 60(1), 23–47. https://doi.org/10.1080/00461520.2024.2365628
内容
Danielson et al. (2025) による誤概念の修正に対する反論テキストの効果に関するメタ分析の論文を使い,メタ分析の論文の読み方と,誤概念及びその修正方法について概説した。メタ分析の論文の読み方としては,論文のアブストを手がかりにしながら,特に overall effect と moderator analysis の結果に着目して端的にまとめる必要があることを示し,その具体的な方法を例示した。誤概念の修正に関しては,誤概念とは何か(科学的には正確とは言えない概念),なぜ修正しにくいのか(日常生活の経験を自分のスキーマにあわせて解釈した結果形成された概念であるため),反論テキストはなぜ効果的であると考えられているのか(誤概念の反証例を具体的に示すために効果的)を説明し,この論文の内容(g=0.39と全体的に効果が高い,教科による効果の違いはない,初等教育段階では効果はやや低めではあるが一貫して正の効果が見られる)を解説した。

1. 記憶と理解
(1) 自らが情報を生成することと記憶との関係
講読文献
McCurdy, M. P., Viechtbauer, W., Sklenar, A. M., Frankenstein, A. N., & Leshikar, E. D. (2020). Theories of the generation effect and the impact of generation constraint: A meta-analytic review. Psychonomic Bulletin & Review, 27(6), 1139–1165. https://doi.org/10.3758/s13423-020-01762-3
講義内容
記憶すべき情報は単に与えられる(与えられて読むだけ)よりも自身が生成 (generate) したほうが保持されやすいという現象のことを生成効果というが,なぜこのような現象が起こるのかについてはいくつかの仮説が示されているものの,十分に明らかになっていない。この論文では生成効果の検証を行った論文126本(実験数310,指標数1,653)を対象としたメタ分析を行い,平均的には単に読んだ場合(d=0.48)と比べて生成した場合(d=0.58) の方が保持されやすいことが示された。さらに,このような現象に対する Mental effort (努力するので保持されやすい),Selective displaced rehearsal (注意を向けるので保持されやすい),Semantic activation (意味がある内容なので保持されやすい),Multifactor (単語などの情報の特徴と相互関係を把握するので保持されやすい),Associative strengthening (文脈があるので保持されやすい),Item-context trade-off (文脈があるので保持されにくい),Processing account (転移が生じるので保持されやすい) といった諸仮説別に(各研究は仮説に沿った実験を行っている)メタ分析を行った結果,Mental effort 仮説,Item-context trade-off 仮説については単に読んだ場合と生成した場合との間に差は無いことが示された。加えて,生成の際の処理の仕方に着目して調整変数分析を行った結果,精緻化方略を使うことや,生成の際の制約が少ないことがより効果的であることが示された。講義では,最近生成AIによって論文をはじめとしたさまざまな情報をまとめてこれらの内容を概略的に把握しようとすることがよく行われるが,そのようなことを行う利点と難点について,本研究の知見を踏まえて議論した。

(2) 科学的誤概念の修正
講読文献
Danielson, R. W., Jacobson, N. G., Patall, E. A., Sinatra, G. M., Adesope, O. O., Kennedy, A. A. U., H. Bhat, B., Ramazan, O., Akinrotimi, B., Nketah, G., Jin, G., & Sunday, O. J. (2025). The effectiveness of refutation text in confronting scientific misconceptions: A meta-analysis. Educational Psychologist, 60(1), 23–47. https://doi.org/10.1080/00461520.2024.2365628
講義内容
教育心理学で研究されてきた規則の理解や誤概念の修正に関する研究知見を紹介したうえで,この論文のテーマである科学的に誤った信念の修正について検討した。この論文では,インターネットやSNSを通じて誤った科学情報が広く拡散しており,教育や科学リテラシーに深刻な影響を与えているという問題意識のもとで,科学的に誤った信念の修正のため用いる修正テキストの効果についてのメタ分析を行っている。修正テキストとは,相手の誤った知識を示し,何が誤りであるのかを指摘し,誤りである根拠を示すテキストのことである。111研究サンプル,総対象者数10265人を対象にメタ分析を行った結果,平均的な効果はg≈0.35であった。調整変数分析の結果,テキストのタイプ(つながりが明確な文,因果を示す文,馴染みのある例を用いた文,単純な構文による文)や領域(化学,地学,生命化学,社会科学)による違いは見られなかった。この結果から修正テキストは効果があるといえるものの,論文中で言及されているように,単に修正テキストを与えることだけで解決しようとするのではなく,学習者自身が学習活動を行い自ら情報を処理する経験をすることの方が教育的には重要であるという点には留意すべきである。また,g≈0.35は優越率でいうと60%程度である(50%でeven)ということも考慮すると,修正テキストを与えても,科学的に誤った信念を実際に修正できる人はそう多くはないという点を講義で指摘した。

2. 動機づけ
(1) 動機づけ調整方略の効果
講読文献
Fong, C. J., Altan, S., Gonzales, C., Kirmizi, M., Adelugba, S. F., & Kim, Y. (2024). Stay Motivated and Carry on: A Meta-Analytic Investigation of Motivational Regulation Strategies and Academic Achievement, Motivation, and Self-Regulation Correlates. Journal of Educational Psychology, 116(6), 997–1018. https://doi.org/10.1037/edu0000886
講義内容
(1) Mastery self-talk (マスタリー目標を高めようとする), (2) Performance self-talk (他者より秀でようとする), (3) Performance-approach (高い成績を取ろうとする), (4) Performance-avoidance (低評価を回避する), (5) Self-consequating (外的報酬としてよいことがあると思う), (6) Value regulation (課題に価値を見いだそうとする), (7) Personal significance (自分にとっての意義を見いだそうとする), (8) Situational interest (楽しい部分に着目する), (9) EfFicacy enhancement (見通しを持ちやすくするための目標管理), (10) Environment regulation (学習環境の整備や管理) といった動機づけ調整方略の利用頻度と学習成果,動機づけ,自己調整との関係について,55本の論文を対象としたメタ分析を行って検討した。なお,この論文で言うところの動機づけは学習意欲と呼ばれるものに近いと思われる。上記(1)から(10)までの方略のうち,動機づけ及び自己調整との間には全て有意な相関が見られたが,学習成果に関しては(4),(7)との間には相関は見られず,(1)から(3),(5),(6),(8)から(10)との間の相関も低いものであった。また,著者らは収集した論文から得たデータを用いて,(a) 動機づけ的方略の利用が動機づけや自己調整を媒介し学習成果を高めるモデル,(b)動機づけや自己調整を行えることが動機づけ的調整を媒介して学習成果を高めるモデルの2つを検討した。その結果,動機づけ的調整によって有能感,内発的な価値観,努力といったmotivational beliefsが高まり学習成果に影響すること(aが採択),メタ認知的方略の使用及び環境整備や管理を行う頻度が動機づけ的調整を媒介して学習成果に影響する(bが採択)ことが示された。これは,動機づけ的調整を行うことができるのはメタ認知能力が高い学習者であるといったことを示唆すると思われる。

3. 学習指導と授業
(1) 手書き及び電子的ノートテイキングの効果
講読文献
Voyer, D., Ronis, S. T., & Byers, N. (2022). The effect of notetaking method on academic performance: A systematic review and meta-analysis. Contemporary Educational Psychology, 68, N.PAG. https://doi.org/10.1016/j.cedpsych.2021.102025
講義内容
ノートテイキングは記録するだけでなく,情報の再構成や知識の生成・整理に寄与するという理論的背景がある。先行研究でのメタ分析の結果では,手書きの方がタイピングと比べて効果があることが示されているが,タイピングの場合にはコンピュータを用いるため他の何か(インターネットのブラウジングなど)を見てしまうということが起こり,このような状況を統制できていなかったという問題がある。この研究では36本の研究,73効果指標,総対象者数3,120人のメタ分析を行い,手書きとタイピングによるノートテイキングの効果の違いを検討した。その結果,手書きとタイピングによるノートテイキングの効果の違いは見られなかった。調整変数分析として,計算機科学の学習の場合にはタイピングの方が,都市計画の学習の場合には手書きの方が効果が高いことが示されたものの,それ以外の内容については効果の違いは見られなかった。手書きであってもタイピングであっても,理解しやすくまとめ直すといったことにともなう処理に大きな違いはないためと考えられる。

(2) 携帯端末と紙との間の読解の差
講読文献
Salmerón, L., Altamura, L., Delgado, P., Karagiorgi, A., & Vargas, C. (2024). Reading Comprehension on Handheld Devices Versus on Paper: A Narrative Review and Meta-Analysis of the Medium Effect and Its Moderators. Journal of Educational Psychology, 116(2), 153–172. https://doi.org/10.1037/edu0000830
講義内容
テキストの読解の際に,ハンドヘルド端末(いわゆるタブレット端末)と紙ではどちらが効果が高いかをメタ分析(63論文,総対象者数162,484人)によって検討した研究。先行研究で行われたメタ分析では紙の方が効果が高いという知見が得られているが,端末では別のことをしてしまう(webを見てしまうなど)ことの統制が取れていなかったという問題があった。このメタ分析では,端末で別のことをしないように統制が取られた研究を対象とした。
端末で読む際には screen inferiority effect (スクリーン劣位効果とでも訳すのだろうか?)という現象が起こることが知られている。これは,端末で何かを読む際には skimming (流し読み)になりがちというマインドセットが影響し処理が浅くなる (shallowing hypothesis) ためと考えられているが,個人差要因(スキル,興味,年齢),テキストの種類(ジャンルや長さ),活動の違い(読む目的,一人読みかグループ読みか)といった調整変数の影響を受けることも考えられる。
メタ分析の結果は,被験者内デザインの場合g=-0.11 (95% CI [-0.21, -0.01]),被験者間デザインの場合g=-0.10 (95% CI [-0.15, -0.06])であり,いずれの場合にも端末の方がやや効果が低かった。調整変数分析の結果は,学校種(中等教育までは影響しないが,大学生である方が効果をより下げる),一人読みかグループ読みか(一人読みの場合には端末で読むほうがより効果が低くなる)といったことが効果に影響を与えることが示された。パソコンではなくハンドヘルド端末と比較して紙で読むことを強く推すということは示唆していないと考えられる。
講義では,この知見は screen inferiority effect が起こることは示唆しているものの,それほど大きな違いではないのではといったことや,たとえば介入AとBではBの方が負の主効果が見られるものの効果自体が大きくないといった場合にそれでもBを実施するという意思決定の是非について議論した。

明示的指導の効果
講読文献
Ren, J., Wang, M., & Conway, C. M. (2024). Can Explicit Instruction Boost Statistical Learning? A Meta-Analytical Review. Journal of Educational Psychology, 116(7), 1215–1237. https://doi.org/10.1037/edu0000897
講義内容
Statistical learning (環境から繰り返されるパターンや規則性を抽出する学習)は,無意識的かつ自動的に行われるプロセスと考えられてきたが,最近では明示的な指導によって statistical learning が促進される可能性が指摘されている。46論文,172研究サンプルを対象に行ったメタ分析の結果,明示的指導が statistical learning の成果に与える平均的な効果は g=0.49であることが示された。明示的指導には一般的規則,具体的規則,課題ごとの規則を指導する場合があるが,これらの種類による効果の違いは調整変数分析の結果示されなかった。また,年齢による効果の差も見られなかった。明示的指導は学習課題に選択的注意を向けさせたり,特定のパターンや規則を明確に強調することで認知負荷を軽減するために効果が見られると考えられる。

4. 教室で他者とともに学ぶ
(1) 学級の雰囲気とエンゲージメント,学力との関係
講読文献
Patall, E. A., Yates, N., Lee, J., Chen, M., Bhat, B. H., Lee, K., Beretvas, S. N., Lin, S., Man Yang, S., Jacobson, N. G., Harris, E., & Hanson, D. J. (2024). A meta-analysis of teachers’ provision of structure in the classroom and students’ academic competence beliefs, engagement, and achievement. Educational Psychologist, 59(1), 42–70. https://doi.org/10.1080/00461520.2023.2274104
講義内容
Classroom structure (学級の雰囲気ともいえるものだが,教室での生徒の行動を導き学習の成就を促すための環境構成,組織化,管理の総称といえる)が課題従事 (engagement),非課題従事 (disengagement),学業コンピテンス (competence beliefs),学習成果 (achievement) に与える影響を検討した,相関研究論文165本(研究サンプル数191),介入研究論文46本(研究サンプル数71)を対象としたメタ分析。
相関研究のメタ分析では,Classroom structure を構成する要因として,期待・達成目標設定,クラスルールを児童生徒とつくる,教師の指導の明確さ,教師が自動生徒をよく見て指示する,フィードバック,確実なしつけ,子どもに任せる部分がある,といったことを仮定し,これらが満たされるほど課題従事行動,興味を持って取り組むこと,メタ認知的方略の使用,学習成果が高いことが示された。教師を対象に児童生徒が学びやすい classroom structure を構成できるようにするための研修を行い,研修受講有無のクラス間の比較を行う介入研究では,研修受講教師クラスの方が課題従事行動が多く,非課題従事行動が少なく,学習成果が高いことが示された。
講義ではこの論文の内容を発展させ,日本と中国での学級経営の位置づけ,教員を対象とした現職教育制度などについて議論した。

(2) 援助要請の質と学習成果
講読文献
Fong, C. J., Gonzales, C., Hill-Troglin Cox, C., & Shinn, H. B. (2023). Academic Help-Seeking and Achievement of Postsecondary Students: A Meta-Analytic Investigation. Journal of Educational Psychology, 115(1), 1–21. https://doi.org/10.1037/edu0000725
講義内容
学業的援助要請は重要な学習方略の一つである。また,援助要請を求めるには,援助要請が必要か,何を援助してもらうのか,誰に援助してもらうのかといったことを考慮した上で,実際に援助を求め,これを得て処理をするという段階を踏むことから,問題解決に必要な情報や援助を他者に求める能動的な行動であるという点で自己調整学習の構成要素の一つでもある。援助要請には instrumental(学習内容の理解を深めるため),exuecutive(問題の正しい答えや解決策を得ることを目的とし概念やプロセスを理解するための努力は最小限),avoidant(支援を求めることを避ける)といった種類があり,学業成績に対する効果もことなると考えられる。援助を回避するということは,援助の必要が無いという場合だけでなく,自尊心が傷つくと思ったり,コスト(気を遣う)を認知したり,他者からできない人と見られると思ったり,学業成績自体が低く援助を求めようにも何を求めればよいのかが分からないといったことによってもたらされる。
この研究は大学生を対象とした援助要請行動と学業成績との関係を検討した99本の論文,238の研究サンプル,総対象者数30,470人のメタ分析を行い,instrumental な援助要請は学業成績と正の相関(r=.21)exuecuteive, avoidant とは負の相関(r=-.11, -.16)が示された。これらの結果に基づいて,援助要請は行うことだけでなくその質が重要であること,適応的な援助要請を行いやすくするための指導や教室構造の構築が必要であることを指摘している。講義では,特に適応的な援助要請を行いやすくするための指導の方法について議論した。

5. まとめ

